ヒードラー訪問記――それぞれの自然派 その3.不健康なビオ : ) の実例お見せします

<<前回 その2はヒードラーの目に見えない技の数々についてでした

 

シェンケンビヒルとシュタインハウスの畑を見学し、坂を下りてランゲンロイスの町も近づいた辺り、最後の方の緩斜面の畑を横切ったときのこと。


Ludwig 「見えるかい? 葉っぱが黄色や茶色になっていたり、枯れているのも多いだろう? 僕の畑じゃないんだけれど、あそこはビオなんだ。ビオは頻繁にボルドー液を撒かなくてはならないからね。で、硫酸銅が太陽光で熱せられるとああいう風に火傷状態になるのさ。」

Yukari「ちょっと近くで見ていい?」と車を降りる。

近寄ってみればピノ・ブランのようだけれど、異様に房も実も小さく、しかも未熟な青色を残している。食べてみれば、色から想像されるほど酸っぱくはないものの、先につまみ食いしたシェンケンビヒルのGVには遠く及びもつかぬ糖度と香味の乏しさ…。

L「はは、昨日今日の強烈な日光ででなんとか糖度は上がったね。つい数日前まで全く酸っぱいだけだったんだけど。」

実はルードヴィック・ヒードラーは、ご近所のフレッド・ロイマーやヨハネス・ヒルシュがコンサルタントの指導を仰ぎながらビオディナミに転換したのと同じ2006年、大学に通い有機農法のディプロマ過程を修めつつ、自分で試行錯誤しながらビオロジックへの転換を図っていました。元々彼はビオディナミを「自分にとってはあまりに秘教的」とし、もっと実践的な技法&その科学的根拠を模索していたようです。

 

ルードヴィックがその後の経緯を語ります。

――転換した2006年は誰にでも無農薬で素晴らしいブドウができたし、2007年もそうだった。そして認証のための最終年2008年がやってきた。畑中に蔓延するカビを見て薬を使わないのは自殺行為だと確信したよ。僕には家族も使用人もいる。彼らに対して責任があるからね。

僕にとって大切なのは、ビオであるかどうかより、どうしたらブドウが、畑が、そして我々家族とうちで働く人々が健康な状態でいられるか、その状態を維持できるか、ということなんだ。

だからもちろん除草剤や殺虫剤は一切使わないし、フェロモン攪乱など化学薬品に頼らずに病虫害を減らす方法を実行している。防カビ剤も、最小限を予防的に使用する手法を試しているよ。

それから、今のビオには問題があって、畑における栽培方法しか規定していないから、ビオを謳う多くのワイナリーが、セラーの中では発酵にも培養酵母を使っているし(注:ヒードラーでは全てのワインを自発的に発酵させる)、およそ好きなことがなんでもできてしまうんだよ。その意味で、デメターだけは醸造についても厳格で別格だけれど、ただのビオやレスペクトのワインは、本当に自然なワイン造りとは言えないと思っている。

次の世代はもっとこうした自然農法&醸造を推し進めるだろうし、それが彼らの課題ではないのかな。

※ビオとはビオロジック=オーガニックを意味しています。

 

…と、そんな具合に、有機農法を貫かなかった理由を尋ねる私に答えてくれた後だったこともあって、「有機農法でブドウを健康に保つ難しさ」の実例を敢えて見せてくれたのでしょう。


実は私、この手の話――これに認証のための事務経費を機材や栽培の労力に回したい、というのを加えたビオにしないイクスキューズ3題噺:)――をサステイナブルの生産者からうんざりするほど何度も聞かされています。それらがどうしても『遠吠え』『負け惜しみ』的に響きがちであることも確か。

だってビオ・ワイナリーの当主にも家族や従業員がいて、守る責任も同じようにあるでしょうが、それでも彼らは有機農法を最後まで貫くのですからね。それに、最初のステップとしての栽培のみビオ、というものだってあっていいでしょう…って。だったらあなたが栽培~醸造まで一貫したビオワインを造ってくれたらいいじゃないですか、って、思ってしまうのです。

 

なのになぜでしょう?

 

この人が言うと不思議なほど説得力がある。負け惜しみに聞こえない。それはルードヴィックが本当に自分で試し考えた結果、彼にとって最も自然を尊重した農法――認証上のビオか否かよりブドウの健康状態を最優先した――を、確信を持って実践しているからではないでしょうか。そして何より、その実践がやさしく伸びやかな、ヒードラーならではの美味しいワインに結実しているからでしょう。

 

原発事故を機にこちらに生活の拠点を移した私としては、では一体農薬は原発(=表向き幸せな暮らしを支えるように見えて、地球破滅へつながる超危険物)か、性質の悪い麻薬(一度使ったら一巻の終わり)のようなものなのか、それとも風邪薬 or 頭痛薬(=適宜用いれば生活改善に寄与し、特に甚大な副作用もなし)か、或いは電気(=今更これなしには文明生活は難しい)に近い存在なのか、常に頭の片隅にある疑問でした。

その答えはまだ出ていませんが、こういう畑を見せられると、少なくとも品質に関する限り、有機=高品質というのは幻想に過ぎない、ということがよくわかります。そして、ブドウや地球環境にとって最も健康的な状態を作るために、本当にビオはサステイナブルより優れている、と断言できるのかどうかすら結構怪しいものだ、とも思えて来るのです。

 

我々はもしかして、あまりにナイーヴに無農薬=よりおいしく、健康的で環境負荷が少ない、あるいは倫理的に善、と、自動的に信じ込み過ぎなのかも知れません。誰もが思考停止してそう考がちなところにこそ、実は大きな商機も存在する訳で、そこに上手に乗った不誠実なビオだって沢山存在する、という側面も、私たちは良くも悪くもきちんと理解したいものです。


次回はPCを弔います>>

ヒードラー訪問記――それぞれの自然派 その2.日に晒される房と陰になる房

<<前回 その1では実の中心部の温度が高くなると収穫を止めるお話しでした

 

本日のお題は畑巡り。


それにしても、ルードヴィック・ヒードラーほど楽しそうに畑を見せてくれる人もそうない。

土の様子、ブドウの生態、周囲に生える草花、飛び交う虫…頬をなでる風から忍び寄る雨雲…何から何まで、とにかく心底ブドウ畑とそれを取り巻く自然と触れ合うのが楽しくてたまらない、という様子で、子供の頃からの遊び場であった畑で、その長く親密な時の蓄積&抜きん出た好奇心と観察眼から得られた独自の見解やら栽培テクニックやら、を次々と披露してくれます。

 

「ゆかり、畑を見たいなら丸一日時間をとってくれないと」「ああ、こうやって畑に長居してると、またマリアに叱られちゃうね」…なんて調子で、いつも30分とか1時間の予定で畑に出るのですが、気が付くと2時間以上経っている、なんてことがザラにありました。

 

さて、この日は一昨年新たに購入した60年近い樹齢のグリューナーの畑"シェンケンビヒル"を「ちょっと見る」だけの予定でルードヴィックに同行。この間のエアステ・ラーゲン・プレゼンテーションでも光っていたグリューナ-の畑です!

グリューナーの植えられた土としてはかなり岩々で、もろい角閃岩を主体に片麻岩も一部に見られ、その間を白色の長石が縫っているような構造。下の方に行くとこうした岩の上にレスが積もる。(はい、土壌写真も入れときましたよ:)

樹齢の高いグリューナーは既にかなり甘い実をつけています。なんでもこの古木は今は新たに入手が難しい古いセレクションのグリューナーで、ナッティーでまろやかかつ深みのある味わいのワインになるそう。生のブドウもナッツ風味と蜂蜜のようなまろやかな甘みがあります。同じ畑の別の所有者の新しいセレクションの実を頂戴すると、確かにこちらの方は俄然フレッシュな、メロンや青りんごを連想させる味。

 

同じ畑の同じグリューナーでも、セレクションが異なるとこんなにブドウ自体の味が違うものなんだぁ!

 

と、改めて感心していると、ルードヴィックが日を浴びている房の実と葉の陰になっている房の実を食べ較べるよう私に促します。確かにブドウを口に入れると、同じ外気温下でもブドウの実の温度は本当に大きく異なり、その風味も「冷たいからフレッシュに感じる」というような程度を超えて、冷たい方が鮮度感はもちろん、香味が格別にイキイキしていました。

 

なるほど、ブドウの段階でこれだけ違えば、出来上がるワインの香味は大きく変わって当然だ

 

ところで、ブドウは既に糖度的にはかなり完熟に近い状態ですが、ここからが風味を育む期間で、これからしっかりとグリーンハーベストを行い、残した房に風味を凝縮させます。

 

その後、道を挟んで隣の畑、"シュタインハウス"のリースリングの畑に入りました。

ほぼ東西に畝の走る畑では、ブドウの房がハッキリと日のよく当たる側(南、やや南南西)と当たらない側(北、やや北北東)にぶら下がるカタチとなり、収穫の際には収穫者も両側につきます。

 

ここまでは普通ですが、ヒードラーではこの日の当たる側と当たらない側のブドウを分別して収穫します

 

さて、ここでクイズ。どちらが格上のラーゲンヴァイン(単一畑ワイン)に使用されるでしょう?

――正解は、実は日が当たらない方なんです。※日に晒された方は格下のUrgesteinの原料に

 

ブドウ栽培の北限からほんの数キロでありながら、「いかにお日様を当てて糖度を稼ぐか」よりも、「いかに光を制限することで、実の中心温度を低く保ち、エレガントな香味を育むか」の方が、最近ではずっと重要課題だということが浮き彫りですね。

 

 当然14年のような、例外的に日照の少ない年には、そのさじ加減や適用方法が変わっている可能性が高いけれど、いずれにしても、こうして常日頃から日向側と日陰側のブドウを選別して収穫するというひと手間が、不利な天候下でも各畑らしい味わいを得るための、大きな選択肢を生み出している、ということは確実です。

加えてヒードラーは14年には、夏が湿って低日照とみると、夏のプルーニングの際に木を高く仕立てて葉を通年より沢山つけた上で、ブドウに直接かかる、あるいはブドウを覆うような葉は、きれいに除外しています。多くの葉によって少しでも光合成を沢山行い、気孔から水分を逃がし、一方で実にはできるだけ光を当て、風通しを良くし湿気を溜めない、という工夫です。

 

…あの14年ですら、各畑の個性がよく出ていたことの裏には、こうした小さな技の積み重ねがあったことが、ひとつひとつ解明されて行き、なかなかスリリング!

 

「おっと、またマリアに叱られちゃうから、そろそろ戻ろうか」と、シュタインハウスから坂を下り、町に近い最後のテラス辺りまで来ると、ルードヴィックがなんだか健康状態に問題大アリの区画を指さします。遠目にも沢山の葉が焦げたように枯れていたり黄色くなったりしていますし、近くに寄ると、ブドウの実が小さくて青い…

 

「これは僕の畑ではないんだけれど」と言いながら、ルードヴィックが意外なことを語り始めました。

 

その様子は次回に>>

ヒードラー――それぞれの自然派 その1.  実の中心温度を考慮して収穫

<<前回はウヴェ・シーファーの収穫お手伝い募集告知でした

 

そういう訳で今オーストリアでは全土的に収穫が行われています。

収穫期には何かと様々な案件が重なり、アップが追いついていませんが、収穫の本格化する直前、18日の金曜にヒードラーをカンプタールはランゲンロイスの町外れまで訪れて来ましたので、今日はそのご報告。

 

そう、あの雨の多かった2014年に取り分けいい仕事をしていたと睨んだヒードラーです!

ハプスブルクカラーの黄と濃緑、そしてスペイン人マリア夫人のテイストが生きる白壁+テラコッタのレンガ屋根が調和
ハプスブルクカラーの黄と濃緑、そしてスペイン人マリア夫人のテイストが生きる白壁+テラコッタのレンガ屋根が調和

収穫は既に9月12日から、ムスカットや軽いグリューナーから始まっています。

なので私は奥さんのマリアとランゲンロイスの町で落ち合い、収穫お昼休憩のルードヴィックSr&Jrとヴィルツハウスで合流しました。

 

「午後に収穫の様子を写真に撮らせてね」と、お願いすると「いや、今日はもうお仕舞」とルードヴィック。

 

お天気はピカピカの晴天。なのに何故???

 

…と訝る私に彼は、外気の気温が25℃になると、実はブドウの実の中心部の温度は35度になっている、と教えてくれました。

そして、ブドウの皮が明らかに茶色くなる、所謂”日焼け”を起こす状態まで行くと、ブドウの中心部温度はなんと60度にまで上がっているそう!!!

sun burnt状態の房。焦げたようになってしまうともう成熟しない。味わい上は収穫時の内部温度こそ重要
sun burnt状態の房。焦げたようになってしまうともう成熟しない。味わい上は収穫時の内部温度こそ重要

ところで、ニューワールドなど、本当に収穫期がかなりの高温になる産地では、収穫を夜間や早朝にするのは常識ですが、私はそれを、高温によってブドウの劣化が進むから、と理解していましたし、大抵の教科書の類にもそう書いてあると思います。

 

しかーし!!

 

ルードヴィックが25℃以上での収穫を控えるのは、ブドウが悪くなるからではありません。

ここら辺りの家族経営の生産者の場合、畑からせいぜい1~2km以内にワイナリーがあるのが普通なので、収穫後即座に車で運べば、25℃程度でブドウが劣化する心配は全くありません。

 

問題は風味なのです。

 

ブドウの実の内部温度によって明らかに香味成分が変化するからなのです。そしてこれは、例えば一旦実の中心部の温度が35度以上にまで上がった状態になったとしても、それが恒常的に続かなければ(つまり日焼けを免れれば)、夜中~翌朝気温が下がった時、また元の香味成分の状態に戻るので、望ましい香味成分の状態で収穫するよう心掛けている、とのこと。

この辺りの原理原則も、実際には自分の持ち畑か、そうであるにしても畑の広さ、収穫隊の人員、醸造スペースの広さや機材の数(特にプレスと発酵タンクの数)などのキャパ等々の条件によって、どこまで厳密に実行できるかはワイナリーによって千差万別で、こうした小さな、目に見えにくい作業の積み重ねの差が、実は最終的なワインの質に大きく寄与していることが、ワイナリーの作業を身近で見つつその結果であるワインを試飲する、という作業を繰り返すうち、だんだんよくわかってきました。

 

そして、ヒードラーというワイナリーは、ある種こういった、”小さな””言ってもらわないと見逃しがちな地道な”ブドウ扱いの丁寧さと厳密さでは群を抜いている、と私は見ています。

 

昼食の後、収穫中止により時間のできたルードヴィクと畑周りをし、ラッキーなことにその際、ブドウの実の温度差がもたらす風味の違いを、実際に体験することができました。

 

その様子はまた次回>>

ウヴェ・シーファーが日本からの収穫ボランティアを募っています!

<<前回はシリア難民続報その他でした


急告:ウヴェシーファーが収穫ボランティア募集中!

日本のワイン業界の皆さん、オーストリアの誇る赤の最高峰ワインの造り手、ウヴェ・シーファーの収穫を手伝ってみませんか?

 

ソムリエからの転身で、掛け値なしに全くのゼロからスタートし、オーストリア最高の赤ワイン生産者にまで登り詰めたウヴェ・シーファー。

ブドウを最良の状態で得るためには、良質の収穫隊がクリティカルな要件とわかっていても、ヴォランティアの友人だけでは人数的に間に合わず、従来収穫期だけ臨時で雇ってきたハンガリーの労働者は、なかなか思うように作業をしてくれない…と、いつも嘆いていました。

 

今年は赤にとっては特に作柄も良く、とにかく最上の収穫隊を確保したい、と、「日本人ならセレクションはお手の物」と話す私に、今朝がた相談が入りました。

そこで、作業の几帳面な日本人収穫ボランティアを急きょ募集します!!!

 

対象:

オーストリアのプレミアムワインに興味・愛情のあるソムリエ、または飲食流通酒販店関係者(または同等の意欲及び知識を持つ愛好家)、2050代男性並みの体力を有すること。元ソムリエであるウヴェは、大好きな国日本のソムリエの皆さんと、特に自分の情熱を分かち合いたいようです。

 

期間:

107日(水)~1010日(土)のうち何日でも。通しで参加できれば尚可。

 

条件:

l  現地宿泊場所はワイナリー側でアレンジします(ただし実費は徴収します。€50~70/一泊前後か、と予測)。宿泊施設⇔畑間は、ワイナリー側の用意した車で送迎します。

l  収穫に参加した日の昼食及び夕食は、他の収穫要員とともに、ワイナリー側の用意してくれた食事をとります。

l  ボランティアですので、労働対価は一切支払われません。

l  私もその期間取材&収穫要員として滞在しますので、語学力は特に必要ありません。

 

注意事項:

l  日本⇔オーストリア間、ウィーン⇔宿泊所間の交通費及び宿泊滞在費は個人負担となります。また、ここまでの足の手配も個人で行っていただきます(空港から先は私がご相談に乗ります)。

l  個人旅行中にワイナリーに立ち寄ってボランティアでお手伝いをする、という立場ですので、事故等に対する補償などは一切ありません。

l  天候が悪い場合など、わざわざ日本からお越しいただいても、収穫ができないことも有り得ます。その場合、収穫のない日 or 時間は自由行動となり、ワイナリーからの賄いはありません(事情が許せば私が臨時ツアー:有料を企画します)。

l  観光や研修ではありませんので、そのような待遇やサービスを期待される方はご遠慮下さい。

我こそは! …という方、以下を明記し、こちらまで至急ご連絡下さい!

1.氏名

2.参加希望日

3.年齢

4.連絡先(email & tel

5.現在の勤務先を含む簡単なワイン業界経歴

 

また、「その前後だったら参加できるのだけれど」という方も、希望期間を明記し、ご連絡を。場合によってはお願いすることがあるかも知れません。

 

ウヴェのクレイジーな人柄と妥協のないワイン造りを垣間見るチャンスです。振るってご参加下さい!!

 

※なお、今回に限りコメント欄をオープンにしてありますので、内容に関する質問などは、こちらをご活用下さい(他の応募を考えている方の参考にもなると思いますので)。

 

次回はヒードラー訪問記です>>

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ウィーンの森のワイン・イベント――ゲヌースマイレ最終日――ハイライトはやっぱりグンポルツキアヒェン!!

<<前回はシリア難民が続々と押し寄せるオーストリアの状況をご報告しました

 

さて、再びワイン・イベントに話を戻して、”ゲヌースマイレ”の最終回です。


このイベント、直線距離でも15km。かなり迂回もするし、だから本当に全部歩くと30-40kmになるのではないかなぁ…。途中大きく途切れたり、畑もシャンクも存在しない区間も存在するなど、長い長いコースを一日で歩き通す人はまずいないでしょう。

では一日しか参加できない場合はどこを攻めるか? …となれば、特に個人的御贔屓ワイナリーを訪ねるのでない限り、私はグンポルツキアヒェンからプファフシュテッテンに向かう区間をお勧めします。

1世紀遡ればオーストリアいち、いや欧州随一の白の銘醸地とも言われたグンポルツキアヒェンと、ブルゴーニュ同様ブドウを育てる僧侶の拠点でかつ、バーデンとグンポルツキアヒェンというホイリゲで有名な両村落に挟まれたプァフシュテッテン(ここも白の産地)。

ウィーンの森の中で最もレベルの高いワインを造るポテンシャルの斜面が舞台で、シャンクの集積度も最も高く、そこを訪ねる人出も圧倒的に多い、ぶっちぎりの花形区間です。

 

その見事な斜面を徒歩縦断しながらゆったりと飲み食いができるゲヌースマイレの醍醐味を、このブログを通して読者の皆さんと共有しちゃいましょう!

 

ではお約束の写真から。

<グンポルツキアヒェンの町から入ってプファフシュテッテンの目前まで行き、また町に引き返して来ました>

かなりの数の人々がワイン街道(=ウィーンの森のグランクリュ区画を縦断する道であると同時に、その下を”ウィーン水道”が通っている)に連なっているでしょう? 

でも不思議なことに、ウィーンの街やライタベアク、アルプスの山々まで視界の開けた雄大なセッティングと、高原に漂う心地よい風のせいか、人混み嫌いの私でも不快感を感じない、イベントが華やぐ程よい賑々しさ!


歩きながら一応飲みのポイントは絞って…、当然ここではツィアファンドラー!

いや、何杯もゴクゴク飲むならツィアファンドラーロートギプフラーという、この産地を代表する、そしてオーストリア内でもこの産地でしかお目にかかれない超マイナー地場二品種のキュヴェ(ブレンド)通称”シュペートロート=ロートギプフラー”或は”グンポルツキアヒナー”(こちらは品種が特定されない)にしたと思うのですが、個性のシッカリしたワインで数を絞るなら、リースリング、フルミント、ヴェルシュリースリングと並ぶ4大酸フェチ御用達品種の一角、ツィアファンドラーしかないでしょう:)。

 

さて、マイナー中のマイナー品種ツィアファンドラーですが、ここグンポルツキアヒェンでは主役を張っておりまして、デザート系を除く食中酒だけでも大別して3スタイルが存在します。

 

ひとつ目は近代的な辛口。還元的な造りで果実味をフィーチャーし、それを軽い樽風味で引き立てるタイプ。代表的ワインはJライニッシュのシュピーゲル。

 

二つ目は所謂クラシックな造り。ニュートラルなステンレスタンクか大樽で寝かせ、土壌由来のミネラルの旨みにフォーカスするタイプ。代表的ワインはツィーラーのラースレリン、シュタードゥルマンのマンデルヘーエ。ハンドリングをかなり酸化的にするのか、色も濃い目で、ナッティーなアロマを放つ。

 

3つ目は中口=リープリッヒ。酸が高い品種なので、これもリースリングやフルミント同様、多少残糖があった方が、素直に美味しいワインとなりやすい。この辺のホイリゲでツィアファンドラーを頼むと、このタイプが出てくることが多い。

 

この日は気楽なアウトドアイベントですから、シャンクにフラッグシップのラーゲンヴァイン(単一畑ものワイン)なんか、通常ありません。造ってないところも多いし。

なので、ツィーラーではベーシックなツィアファンドラー・クラシックを飲み、歩き疲れるとちょっとロートギプフラーだのグンポルツキアヒナーだのに浮気をし…

 

更に黙々と歩き続けると、グンポルツキアヒェン側最後にして、ゲヌースマイレ一番の人気とおぼしき”シュニッツァー”のシャンクが見えて来ました!! 

 

ご覧下さい、この賑わい!!

この一番人気シャンク”シュニッツァー”で再びツィアファンドラー、今度は伝統的スタイルのリープリッヒをいただきました(…って、ツィアファンドラーはそれしかないんだけど:)。

 

うん、やっぱり酸とミネラルの豊かなポテンシャルの高い品種だ! 

でも恐らく一般大衆人気は、完全な辛口同士を比べるなら、きっと陽性のオレンジの風味豊かなロートギプフラーの方が高いだろうなぁ。

そして、ツィーラーのクラシークとシュニッツァーのリープリッヒの比較だと…うーん、これは甲乙つけ難い。

ツィーラーはこんなにベーシックなワインでもスタイリッシュだし、シュニッツアーは多少緩いものの、理屈抜きで幸せになれる液体で好対照。

それにしてもシュニッツァー、特にお値段が他に比較してお安い訳でもないのにこの人気…。グンポルツキアヒェン側のどんづまり、というロケーションが最大の原因であろうとはいえ、何かこのワイナリー、「持ってる」ものがありそうで気になります。近々訪問するしかないな:)。

私の見たところ、やはりこのイベントで多く飲まれているのは、シュトゥルム、次にシュトゥルムのシュプリッツァー、そして通常のシュプリッツァー…ってところでしょうか。あくまで印象ですけどね。

 

ところで、最近私は酸とミネラルの豊かなリープリッヒと軽めのスナック、という組み合わせが妙に気に入っています。

この日も豚肉団子と野菜の串刺しをつまみにいただきましたが、肉のうまみが倍加されてよかったですよ!

皆さんにもリープリッヒを食事と合せて試して欲しいなぁ。結構病みつきになると思う:)

 

さて、それでは最後に、今回ゲヌースマイレで歩いて回った場所を再確認しておきましょう。

一日目はオレンジ(北端のメードリングからグンポルツキアヒェンまで)、2日目は黄緑(南端のバート・フェースラウからバーデン、バーデンからプファフシュテッテン)、3日目は青(グンポルツキアヒェンを起点に、プファフシュテッテンまで行って引き返す)――という訳で、ついに全行程歩き通しました!!

 

この週は他にも色々歩く機会があったので、おそらくこのイベントに参加した1週間と一日の間に、私は軽く50km以上畑を歩いたことでしょう…ま、シリア難民の比ではありませんが…:)。

 

次回は再びその難民問題についてです>>

シリア難民、続々とオーストリアへ

<<前回はゲヌースマイレ、2日目の模様でした

 

今日は本来、13日日曜日に参加した、ゲヌースマイレで最も人気の高いグンポルツキアヒェンからプァフシュテッテンへ抜ける(或は逆の)コースをご紹介しようと思っていたのですが、自分のやっていることがあまりに社会とかけ離れていることに違和感を覚え、テーマを変更してお送りします。とりとめなく長文になること、そして私の独語力ではどこまで事情が正確に理解できているか心もとないこと、等々お許しを。


今、オーストリアは大変なことになっています。

 

元々この夏、ヨーロッパは全土的にシリア難民が押し寄せて来た話題で持ち切りだったのですが、今月初めからその量に拍車がかかり、高速の路肩に冷蔵車が止まっていて異臭がしたので開けたら71人の難民が窒息死していた、とか、トライスキアヒェンという、そもそも2万人くらいしか人口のないウィーン近郊の(マンデルヘーエで有名なシュタードゥルマンがある)町に4千人の難民がおり、続々と増えている、とか、ウィーンのヴェストバーンホーフ(西駅)やらハウプトバーンホーフ(中央駅)にも、もの凄い数の難民が寝泊まりしている、というニュースが続いていました。

ただ、当初オーストリアはあくまでドイツへの通り道に過ぎなかった――難民の目的地はドイツだった――のです。

ところが13日にドイツは、これまでの「難民は全て受け入れる」方針から急転換。国境を封鎖し、警察が入国者を管理する態勢を敷いてしまいました。

そもそもハンガリーは難民受け入れを拒否しています。日曜にはドイツ国境封鎖も知らずかの地を目指す4500人もの難民が、グラーツから近いシュドブルゲンラント(ウヴェ・シーファーのとこ)のハイリゲンクロイツという国境の町に押し寄せ、夜を明かしたそうです。

 

さあ、どうする? 

オーストリアにはここ数日いくつもの町に毎日何百何千単位の難民が流れ込んでいるのに、出口が塞がれた格好になってしまいました。通り過ぎてくれるのを待つだけでは、いよいよ済まされない事態…。

 

新聞には慈善団体への寄付口座振込票が折り込まれ、facebookには主要駅でのボランティア探しの伝言が行き交い、国境には入国制限のために警官隊が派遣され…、そういう状況なのに、私はそうした難民がの大挙して押し寄せる光景に出会ったこともない。ワイナリーを訪ねて結構遠出もしているし、トライスキアヒェンなんか何度も車で通っているにもかかわらず、それらしきものに全く遭遇していない。配偶者、親、子、友人、同僚、同級生…といった世間的繋がりがことごとく希薄で、こちらの社会からはある種隔離されているため、そうした話題がなかなかクチコミでも入らない。

 

私の住む場所からほんの2030分で行かれる場所で起こっている大変な出来事がTVで映し出される度に、私は自分自身が透明人間であるかのような不思議な感覚に襲われるのです。


そして「こんな毒にも薬にもならないブログを書いているくらいなら、一日でも二日でも、どこかでボランティアを、人間として何かできることを為すべきではないか。いや、ドイツ語も満足に操れず体力にも自信がない人間は、足手まといになるだけ…」と、自問自答。

それにしても不思議な光景です。

 

グローバル化はここまで、こんなにおかしなカタチで進んだのか、と痛感します。

シリアの政治難民は、ネットの風評やらクチコミで「ドイツこそがパラダイス」と信じ込んでいるらしい。それが暮らしのままならぬ様々な周辺諸国の人々の口(=ソーシャルメディア)に乗って、さらに大量の経済難民が「パラダイス・ドイツ」を目指す。その多くが本気で徒歩でオーストリアからドイツに逃れる積りなのだ。溢れかえる難民の九割は、実は厳密な意味でのシリア難民ではない、とまで言われている。

 

欧州の移民&難民問題は、そうでなくても複雑かつ深刻です。

オーストリアでも、特にトルコ系移民の引き起こす様々ないざこざが問題になっている――ドイツ語を覚えようとしない、ゴミ出しの日を守らない、近所迷惑顧みず夜中に騒ぐ、近隣住民と小競り合いを起こす、etc, etc…。

私の目から見て、ごくごく普通のオーストリア人が、移民を歓迎しているとは正直全く思えない。疎ましく思いながらも正面切っては言いづらい、というところか。移民は移民で、またオーストリア人はオースリア人で、互いの存在を全く無視し、関わりを持たず、自分たちの世界の中だけで生きているようにも見える。

 

一方移民をたまらなく“おいしい”と思っている層もあるだろう。ドイツ語圏の労働者は権利意識が高い。日本などより一層ブラック企業は存在しづらいだろう。けれど、彼ら移民ならブラックだろうと生きるためなら何でもする。そこを見込んで呼び寄せる経営者がいるのだ。メルケルが80万人もの難民を前向きに受け入れるのは、そうした自国の経営者達のしたたかな計算も後ろ盾にあるのではないのか、と私は勘ぐる。

そして彼ら移民は、ひと度住民票さえ得たなら、出産と子育てに手厚い社会福祉制度を最大限活用し、やたらと子供を沢山産む。公共交通機関でお腹の大きい女性、乳母車を引いている女性に出会うと、そのほとんどはベールをまとったイスラム系の女性だ。このまま彼らの人口が増え続けるなら、そう遠くない未来に、トルコ系イスラム教人口が白人カトリック人口を押さえてしまうのではないか、とさえ思えてくる。

不気味な存在だ、脅威だ、と感じる人があっても、無理のないことだ。

 

そんな町の空気を吸っていると、対象は違えど、ヒトラーの思想がこの国で育まれたのも、感覚的に理解できる。

 

むしろ戸惑うのは、そうした移民に対する無関心とは180℃真逆に見える、難民へのヒューマニズムに根差した献身的で寛大で慈悲深い態度だ。

ことが難民問題になった途端、「私たちの前に居る難民は人間です。食べ物が、水が、ベッドが必要です。同じ人間として、できることをしましょう。」と、そういう呼びかけが、今オーストリアのメディアには溢れている。

いや、もちろん、それは人間的に正しい態度だ。疑いもない。

けれど、いつもの移民に対する冷淡さとのあまりのギャップが、なんとも不思議なのだ。

 

今日の午後行われたメルケルとの共同会見でのオーストリア連邦首相ファイマンのスピーチはなかなかの説得力があった。曰く;

「人道主義者であることは恥ずべきことではない。実際、その逆こそ真実だ。人道的な災厄がヨーロッパで起こっているときに目を背けて助けないことこそが恥ずべきことなのだ。行動を起こさないことは、多くの人々が心に抱くヨーロッパ・プロジェクトを危機に晒す。」

 

だけどなぁ…

 

ここで政治家に人道主義を持ち出されるのも納得が行かない。

人道的権利を守るのは政治家の責務ですが、何かこの人の言葉は、TV画面の向こうの、オーストリア国民の人道的良心に訴えかけているように私には聞こえました。「エコのために電気や水道、タオルやトイレット・ペーパーを節約しましょう」と、それらの不備&不便を利用者の良心に責任転換する安B & Bのやり口を、次元は違えど思い起こさせません?

 

今ヴェストバーンホーフで、ハイリゲンクロイツで、トライスキアヒェンで、難民に実際ベッドや食品、薬を与えているのは、カトリック系の慈善団体が募ったボランティアだったりする。そして彼らの財源は、ネット募金や通りすがりの一般人の寄附なのだ。


ところで、日本にこのニュースがどれだけ伝えられているのか…。ドイツのことまでは話題になっても、オーストリアのニュースってほとんど報道されないしなぁ…。ニュースになっていたところで、全く当事者意識がない、というか現実感が沸かないだろうなぁ。

 

でもこのご時世、いつ北朝鮮や中国の辺境地から難民が大挙して日本にやって来る事態が起こらないとも限りません。

その時あなたは、どう対応しますか? あなたの町でいきなり寝泊まりを始め、ずっとそこに居ついてしまうかも知れない言葉も通じぬ隣人に、温かい手を差し伸べられますか?

 

facefookの慈善サイトには、人的ボランティアは取り敢えず十分だが、運動靴とバナナが足りない、と告知がありました。

こんなに近くで起こっている大事件から目を背け、押しかけている人々を見殺しにするのは、さすがに気が咎める…。

明日朝激安スーパーでバナナを買って届けるか、サイト経由で涙ばかりの寄附をしようか…。

 

遠く日本からも、今オーストリアで起こっている歴史的大事件に目をつむってはいられない、という方のために、ここに寄付を募るリンクと、同じ慈善団体のfacebookリンクを貼っておきます。

 

以上、激震の走るオーストリアからお伝えしました。

 

次回はまたゲヌースマイレのお気楽なお題に戻ります>>

ウィーンの森のワインイベント”ゲヌースマイレ”参加報告 中編(バート・フェースラウ~バーデン)

<<前回はゲヌースマイレの9/6の様子でした

 

さて、昨日12日(土)も、予告通りゲヌースマイレに参加。今度は南端バート・フェースラウからソース、バーデンを経て、プァフシュテッテンの手前まで歩いてみました。

 

バーデンに1年半も住んでいながら、お隣りソースより南の畑を見たことがなかった私。丁度いい機会なので、わざわざ不便な、更に南のバート・フェースラウから入ってみたのですが…。

 

例によってまず連続写真で、昼の様子をご覧下さい!(写真をクリックすると説明がご覧いただけます。SDカードを忘れたのでiPhonカメラで失礼)

地場のワインが飲みたくて行っているのに、最初のシャンクがゼクトの大手、シュルムベアガーなのにはちょっとガッカリ。ウィーンが本拠のシュルムベアガー・ゼクトの果実はこんなところからも来ていたのか…。

 

コースがウィーンっ子の誇り”ウィーン水道”と軌を一にした辺りで気を取り直し、この辺り産のSt ラウレントに的を絞って試すことに。最初の2つは甲乙つけがたく凡庸…なのにこういうセッティングでは十分楽しめます:)。3つめのSovicはなかなかだったが、質の良いブドウはこんなにタンニンまみれにせず、レベルの高さは濃さではなく、軽やかさと上品さで表してくれたらもっといいのに!

 

歩いてみて改めてよくわかったけれど、バート・フェースラウからバーデンまでは、確かに丘の麓にはあるものの、畑自体は極一部の例外を除きほぼ完全に平坦。樹齢も恐ろしく若いものが多いし、私的にはそそられるものは殆どありませんでした。

逆にバイカー、乳母車組、幼児連れには嬉しいコースだし、ここまで足を延ばす人が少ないためか、知名度がいまいちだからなのか、ワインもつまみもお値段ぐっと抑えめなので、気軽に飲んでいい気持ちになりたい派にもお勧め。

 

さて、バーデンの町に入ると一旦畑は途切れてしまいます。バーデンの北東部、ウィーンの森が真東向きから東南に向きを変え、ゲヌースマイレのコースが正真正銘斜面の畑へと舞台を移す地点まで無料連絡バスが出ているのですが、私は一旦町に入って元下宿先家族の引越先を訪ね、家族と一緒にバーデンの夜の部に繰り出しました。

いくつかのシャンクは夜10時頃まで開いていて、しかもその多くでアコーディオン伴奏のオーストリアン・フォークロアやら、ギター&カントリーやら、ロックやらポップスやら…様々な音楽がライブで奏でられています。さすがはオーストリアで、そのどれもがこの手の場所で無料で聴ける音楽としては至極まともな、十分ワインと語らいを引き立ててくれるレベルのもので感心。

 

その後懐中電灯がないと足元が危ういような場所もなんのその。プァフシュッテッテンのすぐ手前のシャンクまで歩いてみましたが、私の御贔屓ブドウであるツィアファンドラーには結局出会えず。


それは明日のお楽しみに残しておこう…ということで、ゲヌースマイレ報告2日目を終わります。

 

次回はオーストリアにシリア難民が押し寄せている状況についてです>>

ウィーンの森のワイン・イベント――ゲヌースマイレ参加報告写真日記 前編

<<前回は真面目なエアステ・ラーゲン・プレゼンテーションのクレムスタール編でした

 

打って変わって、今週の日曜には赤ちゃんからペットまで楽しめる:)、ウィーンの森の麓のブドウ畑を巡るお気楽イベント”ゲヌースマイレ”に参加して来ました。

イベントの性格を正しく表す写真:)
イベントの性格を正しく表す写真:)

ゲヌースマイレ――グルメマイルとでも訳しておきましょうか?? 

 

まあとにかく、連続写真でイベントの様子をご覧いただきましょう!

今回は一番人の出るグンポルツキアヒェン~プァフシュテッテン~バーデン間のゴールデン・コース(なんとことはない、私のかつての定番お散歩コース)を外して、一番北のメードリンクから入ってみました。

 

このイベント、入場料のようなものは一切なし。しかも、主要公共交通機関の駅から無料で送迎バンが出ているところが、とってもフレンドリー💛

 

ご覧の通り、畑の中の道沿いにシャンク(立ち飲み小屋)が、ポツン、ポツン、と数百メートルおきに出ています。

最初からお目当てのある人が多いようですが、喉が渇いたら、或は美味しいそうな匂いがしたら寄る、という私のようなパターンもまた楽し。

ライニッシュ、アートナー、アウマン等、ずっと下方の平地が本拠のワイナリーも参加しているところを見ると、森の麓にも畑を所有していれば参加OKの模様。

 

、犬あり赤ん坊あり、幼児あり…でしょう? まあここは誰でも通れる農道なので、歩いてる人が全てゲヌースマイレ目的とは限らないんですけど:)

 

さて、興味のある人のために、地理的説明を少し。

ウィーンの森=Wienerwaldは、ウィーンの西側、クロスターノイブルクの南からバートフェースラウの辺りまで45kmほどにわたり広がる、森とは呼ばれるものの実質的にはアルプス東端の山。大きな教会や修道院が山の奥深くにあり、その下にはお墓、そして避暑地の中に住んでるような風情の高級住宅街が麓に連なります。ブドウ畑はウィーンのヌースベアクやグリンツィング、マウアー、テルメンレギオンのグンポルツキアヒェンやプァフシュテッテン、バーデン、ソースなどの町にあり、畑の周辺にはホイリゲが集まる。

左の方に緑色の字でWienerwaldって見えますね? この一帯の山がウィーンの森。北部、☆の集積するのがウィーン市街
左の方に緑色の字でWienerwaldって見えますね? この一帯の山がウィーンの森。北部、☆の集積するのがウィーン市街

でもって〝ゲヌースマイレGenussmeile"は、森の南側=テルメンレギオンの、北はメードリンクから南はバート・フェースラウまでの、コート・ドールに喩えられる斜面のブドウ畑を貫通する、いわば”グランクリュ街道”(こちらではヴァインシュトラーセ)が舞台。直線距離にして15km弱(結構曲がりくねっているので、実質距離はもっとずっと長いはず)に、ワイナリーがポツポツとシャンク(立ち飲み小屋)を出していて、これらを訪ねて歩く、という実にのどかなイベントです。

上の地図でウィーンの森の南方に、森がちょっと東に飛び出ている辺りがあるでしょう? そこを徒歩で縦断する訳です。参加シャンクは全部で85!!

ゲヌースマイレの案内地図(メードリンク~バート・フェースラウ)も下に貼っておきます。

紫のアイコンがシャンク(重なってしまっていますが)。地図をクリックすると、このサイトに飛びます。
紫のアイコンがシャンク(重なってしまっていますが)。地図をクリックすると、このサイトに飛びます。

解説終わり:)。イベント報告に戻ります。

 

メードリンクの畑がちょっと退屈な窪地の部分に差し掛かり、何度か大きく蛇行するとフライグート・タレルンの立派な建物が見えてくる。

タレルンの畑を過ぎて再び退屈な区画があって、ようやくグポルツキアヒェンの教会が遠くに望めるようになった辺り、畑の向きが東南になり急に視界が開けて、いい斜面が出て来たなぁ…と思っていると、ふいに私を呼ぶ声が!!

 

なんとユッタ・アンブロージッチの旦那さん、マルコではありませんか!! 

 

そうでした! ユッタは確か去年からグンポルツキアヒェンにも畑を借りた、と言っていましたっけ。アペロール・ソーダまで出す"なんちゃってシャンク"もある一方、こういう尖がったワイナリーも混ざっているところが、ゲヌースマイレの、そしてウィーンの森のワイン文化の奥深さというもの。

 

それにしてもさすがにいい区画を選ぶよなぁ、と感心しつつ、『来ているのは訳知りの人ばかリ』みたいなユッタのシャンクで、早速グンポルツキアヒェン名物キュヴェの”ヒンメルファート”をいただく。天国行き?…そそられる名前ではありませんか:)。

訳のわからないシャンクの2倍以上のお値段ながら、それ以上に美味しい!!

心地よいミネラルがスルスルと喉を通って、すぐに飲んでしまったので、2杯目のお勧めを尋ねると、同じヒンメルファートのシュぺートレーゼを注いてくれた。

ユッタは(ウィーンのブドウで造るワインもだけれど)こういう中甘口が本当に素晴らしい!!! …この世代になると、ジエチレングリコール事件のトラウマなんか全然ないから、こういう本気な中甘口が造れるのね。日本市場もいい加減「中甘口は素人のもの」みたいな考え方からは抜け出して欲しいなぁ…。

一休みしたらマルコの切っているローストビーフが俄然魅力的に見えて来たので、ローストビーフサンドも注文(ユッタんとこはウィーンのブッシェンシャンクも食べ物美味しいからね)。

シュペートレーゼをローストビーフに合わせるなんて考えてもみなかったが、これが全然違和感がない…を通り越して旨みと重さが結構両者ピッタリ! ミネラル豊富なワインはとにかく食事を美味しくしてくれる。

支払をしようとすると、マルコは手が汚れるだのなんだのムニュムニュ言ってお金を取ってくれない。観念してユッタにお勘定を頼むと「ワインは私がご馳走するから、ワイン2杯分でローストビーフのお代は済み」ですって。

?????…なんだか申し訳ないようだけど、ユッタ&マルコ、ご馳走さま!! 

 

そうこうするうちにすっかり日が傾き、イベントは日没終了(サイトに時間指定はなく、「暗くなったら」とあった。この辺のゆるさもいかにも:)なので、慌ててグンポルツキアヒェンの町を目指す。

教会の裏手に広がる見事な斜面は、あのメルク大修道院所有ブドウ園。ヴァッハウの奥からこんなに遠いところにわざわざ畑を持つあたり、いかにグンポルツキアヒェンのワインの評価が歴史的に高かったかが伺い知れるではないか。

 

ここから駅まで坂を下り、帰りの電車を待ちました。既に薄手のダウンでは寒いくらいまで気温が下がっており、ブルッ!! カラッと晴れた昼と日没後の急激な冷え方…この調子で行けば今年のブドウは美味しいぞ、とワクワクしながら私は電車とバスを乗り継ぎ、また急な坂を上って、ようやくヒーツィングの山の中のオウチに着きました。ほんと、よく歩いたもんだ。

 

次回はゲヌースマイレを南端から北上します>>

クレムス川上流超急斜面が凄い! エアステ・ラーゲン・プレゼンテーション報告  その3 クレムスタール編

<<前回はエアステ・ラーゲン・プレゼンテーションのカンプタール編でした

 

今日はクレムスタール編です。

御大ヴァッハウと、国際的に人気の高いワイナリーの多いカンプタールに挟まれて、クレムスタールってやや影が薄い…。超大手やら協同組合の印象が強いので意外にも思えますが、エアステ・ラーゲの数では実はカンプタールに大きく勝る。ダイナミックで多様な地勢と土壌を擁し、まだ日本に紹介されていない名ワイナリーも隠れていることもあり、プロや愛好家にもっと注目して欲しい産地です。

 

さて、エアステラーゲンの地図を改めてご覧いただきたいのですが、クレムスタールは大別して、

1.カンプタール西南部から続く深いレスの斜面、2.ヴァッハウから続く原成岩の急斜面、3.クレムス川上流の原成岩急斜面、4.土壌は多様なドナウ南岸の緩斜面、というかなりキャラの異なる4つの地域の合体で、そもそも土壌や地勢から一産地として括るのにはかなり無理のある産地。その分、14年の厳しい天候が、どの地域でどう影響したのか、踏み込んで考えるには最も興味深い産地である、とも言えます。

実際の会場では、クレムスタール全体の畑が各地域とは無関係にアルファベット順に並んでいるのですが、分かりやすくするために、よかった畑(&生産者)を、地域別に並べてみましょう(例によって青字はリースリグ、はグリューナー、☆印は秀逸なもの)。


1.カンプタール西南部から続く深いレスの斜面

l  カプツィーナーベアク フリッチ:バランス

l  モースブルゲリン ブーフエッガー:酸かなり高いが綺麗

l  モースブルゲリン マントラーホーフ:やさしさ

l  シュナーベル セップ・モーザー:きれいな風味生き生き

l  シュピーゲル マントラーホーフ:さりげない円やかさ

l  トゥルナーベアク ☆テュルク 骨太なミネラル

※他に有名畑としてゲブリング(セップ・モーザー他)等

 

2.ヴァッハウから続くシュタインの原成岩急斜面

l  ケーグル ☆サロモン・ウントホーフ(リザーヴの方):端正な黄色果実とミネラル

l  プァッフェンベアク サロモン・U…クノルやーい!!:)

l  ヴァハトベア シュタッドクレムス:素直&バランス

l  ヴァハトベアク テュルク:ストラクチャー

※他に有名畑としてグリレンパルツ(シュタット・クレムス)、エアステ・ラーゲではないが、シュタイナー・フント(ニコライホーフ)等

 

3.クレムス川上流の原成岩急斜面:気温低

l  エーレンフェルス ☆プロイドル:フォーカス、コンパクト

l  エーレンフェルス ☆プロイドル14とは思えぬ凝縮感

l  ペリンゲン ニグル:長い余韻、☆プロイドル:ミネラルの凝縮感凄い!

l  プェニングベアク プロイドル:焦点・風味の凝縮・蜜

l  スノゲリン シュミード 厳しさぎりぎりスタイリッシュ

※他に有名畑としてホッホエッカー(ニグル、プロイドル)等

 

4.ドナウ南岸の斜面(原成岩やコングロマリットにレス等の乗った土壌が多い)

l  ゴルトベアク ☆ガイヤーホーフ:断トツのエネルギー感! とても長い余韻

l  シュタインビュール マラート:硬すぎない心地よいミネラル

※他に有名畑としてゴットチェレ(マラート、シュティフト・ゲットヴァイク、ウンガー)、シルバービヒル(マラート、S・ゲットヴェイク)等

 

ま、そんな訳で、改めてこうして並べてみると、14年は特にクレムス川上流の超急斜面のワイン達が素晴らしかったことがよくわかります。コングロマリットや小石の上にレスの乗った斜面、高原のてっぺんの平地のワインも健闘しています。

 

その理由や各地域のあれこれを詮索する前に、たまたま会話を交わすことのできた生産者たちの声をお伝えしておきます。

左からセップ・マントラー、マーティン・ニグル、サロモン親子、マークス・フーバー(左)とミヒャエル・マラート

セップ・マントラー(所有畑の大半が深いレスである彼に対して、14年の気候はレス土壌に有利だったか、不利だったか、という私の質問に対し)

――問題は土ではなく、常に湿った空気だった。もちろんロームを多く含む区画では貴腐はより大きな問題にはなったが。糖度が上がるのを待ちたいのに、糖度が上がればより貴腐も付きやすくなるので、頭が痛かった。

 

ニッキー・モーザー(やはりレスの畑が多い彼にも同じ質問)

――確かに大変な年だった。貴腐がつくととにかくすぐに全部落とそうと試みたし、ひとつの畑を最低3度は収穫している。でも、半分をカビで失うことになったブルゲンラントの赤に比べればずっとマシ。特にゲブリングはレスというよりコングロマリットだからね。

 

フレッド・ロイマー(本人不在で、セールス・スタッフがクレムスタールの部屋にいたので、ついでに同様の質問)

――そうだね、レスの多いシュピーゲルはかなり早く収穫しなければならなかったけれど、シュタインマースルや一番樹齢の高いゼーベアクはじっくり待つことができた。

 

 イルゼ・マイヤー(階段ですれ違いざま、ゴルトベアク〔石灰の多いコングロマリットが底土〕のエネルギーに圧倒された,と私が言うと)

――そう言ってもらえると苦労が報われる。私もゴルトベアクの出来にはとても満足しているの。

 

 フランツ・テュルク(ヴァハトベアク〔石灰の多いレス on片麻岩&マイカシスト〕とトゥルナーベアク〔ドナウが運んだ石英や結晶岩の小石〕の骨太な凝縮感を褒めると)

――ありがとう。少なくとも5060%の実を落としたからね。

 

実は私は、原成岩や小石土壌より保水性に勝るレス土壌は、雨の多かったこの年、不利だったのではないか、という仮説を持ってこのテイスティングに臨んでいました。

 

しかーし!!! それはとても浅はかな考え方であるということが、ワインの味わいからもヴィンツァー達の話からも判明。

 

要するに、セップ・マントラーが言うように問題は土ではなく、空気だった」のです。同じレスであっても、ロームを多く含むか、下がコングロマリットや小石、砂であるか、そして斜度や地勢によって水はけは大きく変わるし、風(これも冷たい風からは守られた方が有利ではあるが、風通しが悪いのは致命傷…と、単純ではない)も重要だし、太陽光の当たり方(日照時間の長さに加え、南東向き、斜度の高い方が光合成効率上有利)、などなど、多くの要素が絡んでおり、そこにそれぞれの条件に応じたキャノピー・マネジメントの的確さと、文字通り身を削ってのセレクションの量と時期、糖度と貴腐の蔓延とのトレード・オフ関係と先の天候を見越しての収穫時期の決定…などなど数え切れないほどの要素が絡み、そのひとつひとつを丁寧にクリアした畑と生産者にだけ、量は少なくとも満足の行く質のワインがもたらされた、という訳です。

 

トルストイの名言「幸福な家庭は全てよく似たものであるが、不幸な家族は皆それぞれに不幸である」は、ワインにもそのまま当てはまります。つまり…

恵まれた天候の年のワインは一様に素晴らしいけれど、難しい年のワインは、本当にそれぞれの苦労と叡智を映し、更に言えばそれぞれの諦め方まで浮彫りにします。

 

だから私には、難しい年のワインこそ、一層愛おしい!! (へそ曲りとでも何とでも呼んで下さい:)。

 

次回はゆるゆるイベント”ゲヌースマイレ”の様子です>

厳しい年にいい仕事をしたのは誰? エアステ・ラーゲン・プレゼンテーション その2 カンプタール編

<<前回はエアステ・ラーゲン・プレゼンテーションのさわりでした

 

で、カンプタール、クレムスタール、トライゼンタール、ヴァーグラム、と順に62のエアステ・ラーゲンの畑(正確にはいくつかワインの出ていない畑もあったので、60弱だったと思いますが)の、様々な生産者のワインを黙々とテイスティングして行きました。

膨大な数なので、「目立って良かった、印象に残った」か、「この年の」「各畑の」或は「生産者の」個性が良くでている、か、逆に「この年にどうして?」と感じたものに絞ってお伝えします。(畑名はワインがグリューナーの場合緑リースリングは青で太字表示。☆印は特に素晴しかったワイン)

 

前提として、全国的に日照が足りず雨の多かった2014年ですが、その中でカンプタールは周辺に比べて多少晴天も多く、完熟したワインを造るチャンスは、他産地より若干多く与えられていました。

 

最初のワインはユルチッチのデシャント。レモニーで酸がピンと張り詰め、いい意味でいかにも2014年の味わい。ユルチッチはこれが一番いい出来だったかも。

 

暑く乾いた年でもいい汁気を出すガイスベアクのリースリングは、逆に温度のしっかり上がらなかったこの年にはちょっと線が細いか…。シュトラース側のガイスベアクでは☆ビアギット・アイヒンガーが焦点の合ったミネラルを感じさせてくれた。レンナーはガイスベアク同様冷たくやや平板な印象。

南西向きにレスが深く吹き溜まったようなグループは、この年明らかに不調。

 

16のワインがずらっと並んだハイリゲンシュタインの中で光っていたのは、アイヒンガー(コク、余韻の長さ)、ヒードラー(蜜のニュアンス)、☆ヒルシュ(テンション)。☆シュロース・ゴーベルスブルク(熟度、重量感、ストラクチャー)。

ドナウ川の南北にエアステ・ラーゲン(銘醸畑)が広がります。更に西がヴァッハウで、東下流にウィーンが控えます。
ドナウ川の南北にエアステ・ラーゲン(銘醸畑)が広がります。更に西がヴァッハウで、東下流にウィーンが控えます。

ここで面白かったのは、ハイリゲンシュタインの下方東部に隣り合って畑を持つワイナリー、ヒルシュとシュロス・ゴーベルスブルクの対照的な個性。ギスギスする一歩手前の厳しいまでに贅肉を削ぎ落した緊張感溢れるヒルシュと、この年としては珍しく重量感すら感じさせるゴーベルスブルク。この両極端の個性は、畑に対するアプローチ、端的には畑におけるセレクションと収穫時期の早遅の差に因るところが、どうやら大きそうだ。

ヒルシュは既に7月の段階で50%の実を落とし、しかもビオ転換10年近くなるブドウは、ほとんど黴がつかなかったと言う。収穫は915日から始め、1015日に終えている(ワイナリー全体として、の話)。温暖な年ならともかく、あんな年に…は、早い!!

一方ゴーベルスブルクの辛口ワイン用ブドウの収穫が終わったのは1110日。単に収穫が後ろに3週間以上ズレ込んでいるだけではなく、カビが襲った9月上旬に、他の多くのワイナリーは泡を食ってカビに冒された実を落としたが、ゴーベルスブルクでは『ブドウがまだ成熟のエネルギーを残す9月に実を落とすと、却ってブドウはエネルギーを実に送り込もうとし、さらに黴を蔓延させることになる』という理由で、ブドウの成熟エネルギーが枯渇する10月まで待って、そこから厳しいセレクションを行ったそうだ。結果として量的には通年の3-4割減にはなったが、残りのブドウで十分畑個性を表した満足行く出来のワインができた、とミヒャエル・モースブルッカーは胸を張った。

私個人としては、目の覚めるようなヒルシュの味わいに14年の厳しさとモノクロームな美しさを感じてハッとさせられたが、両者とも自らの信念を貫き、2014年の厳しい天候と見事に折り合って素晴らしいワインを造ることに成功している。天晴!!

写真注:左からビアギット・アイヒンガーと跡継ぎの娘さん、お城ワイナリー栽培&醸造責任者のカーナーさんと奥様、ルードヴィック・ヒードラー。テイスティングに専念し、生産者も常にあちこち歩き回っていたり酷い逆光だったりで、撮れていない人多し:)。

厳しい2014年の本当の厳しさを感じたのは、オーストリアきってのグリューナーの畑“ラム”に差し掛かった時だった。正直、これまでこのプレゼンテーションで味わって来たどのヴィンテージよりアピールに欠ける。

なんと言ってもこの畑の魅力は、華やかであったかい陽性で力強い香味と、腰回りのゆったりとした重量感、スケール感、そしてその芯を貫くしっかりとしたミネラルにあるのだけれど、日照の足りなかった14年はいかんせん、線が細くて重さに欠け、小作りで冷たくちょっと暗め。畑の持ち味とヴィンテージ個性のソリが真逆というか、ワインとしてのクオリティーは高くとも、これがラムだと思うと納得できない…、そんな感じ。畑個性を知ってワインを味わうことの副作用?:)

ここでも唯一、ゴーベルスブルクだけがラムらしい線の太さと重さをしっかり表現していた。

 

南南東向きで角閃石、パラクナイス、片麻岩、花崗岩などの破片が表土に混ざるシュタインマースルは、ブリュンドゥルマイヤー(バランス)、☆ロイマー(ピュアなミネラル)、ヴェスツェリ・テラファクトゥム(リニア)の3者ともスタイリッシュで硬派な魅力。この畑はこの年当たり!

 

ヒードラーのグリューナーには、総じていつも通りのレスの円やかな厚みがあり、タールは下方に砂利や砂が多い水はけの良さが幸いしたとしても、盆地状でロームを多く含むキットマンスベアクなんか水と湿気の溜まりやすい地勢&土壌の典型だと思うけれど、特有の深み&たっぷりとした甘やかなコクが出ており、またカンプタールで最も寒い部類のコーゲルベアクでも、張り詰めた酸に蜜のニュアンスが絡んで、彼らしい優しさすらあって、これには感心した。よほど仕事の仕方が適切だったのか、その辺の細かい事情まで、慌ただしい現場では尋ねることができなかったので、秘訣の解明は今後訪問する際の宿題としておこう。

 

カンプタールのワインを全て試した時点で、ワイナリーに多くの労働と少ないブドウしかもたらさなかった厳しい2014年は、カンプタールにおいてはヴァッハウ以上に、張り詰めたテンションが魅力の通常とは明らかに異なる個性とバランスで、その労に報いていると感じました。

 

以上カンプタールのエアステ・ラーゲンのワインを試飲しての印象のご報告でした。


次回はクレムスタールの試飲報告です>>

エアステラーゲン・プレゼンテーション 2015 その1

<<前回は収穫直前のイベントラッシュについてでした


エアステラーゲン・プレゼンテーションも、これで何回目になるでしょうか?

 

1回目は2011年、お城ワイナリーの家族としてミッヒの奥さんエファの運転する車に乗って,

ゴーベルスブルクのお城からグラーフェネッグのお城までお城間移動:)。まだまだ「ここは何処?」状態で気もそぞろでした。

2度目の2012年、やはり家族の一員として参加し、前年自分が収穫したブドウがワインになって登場していることもあり周辺の地理も大方把握し、お爺ちゃんペーターにはエアステラーゲンの地質調査に協力したマリア・ハインリッヒ博士を紹介してもらうなど、俄然イベントが楽しくなってきました。暑い年でしたが夜の屋外コンサートが滅茶苦茶寒く、オーバーを引っ張り出して着ていたような。

3度目2013年はバーデンからはるばる訪れたのですが、最寄り駅からの交通手段のなさに困り果て、現場ではなんだか同窓会の如く挨拶ばかりしていて、テイスティングに全く集中できなかったのを覚えています。慣れとは恐ろしいものです:)。

昨年2014年は確かギックリ腰だかなんだかを起こし泣く泣く欠席。素晴らしい出来の13年を味わい損ね、痛く無念でした。

会場のグラーフェネッグ城。今や敷地内に屋外コンサートホールやレストラン等を擁する一大文化施設に成長
会場のグラーフェネッグ城。今や敷地内に屋外コンサートホールやレストラン等を擁する一大文化施設に成長

そして今回2015年、オーストリアを拠点にして5度目のプレゼンテーションが9月4日金曜日、いつものグラーフェネック城を会場に行われました。私自身の参加は4度目となります。

難しい年だった2014年は、春にヴァッハウで主にフェーダーシュピール中心に味わったものの、ご本尊とも言うべきエアステラーゲン(全てDACリザーヴ、とヴァッハウのスマラクト達)をひと通り味わって初めて、2014年が本当にどういう年だったか、概観できると言うものでしょう。

 

さあ、難しかった2014年を、トップヴィンツァー達はどう料理したのでしょう?

※この会場は素人カメラマン泣かせ。出展者達を写そうとすると、背にした窓から強烈な逆光が。顔が真っ黒につぶれてしまいます。

このイベントの凄いところは、カンプタール、クレムスタール、トライゼンタール、ヴァーグラムのエアステラーゲ(銘醸畑=仏のグラン・クリュ&1erクリュに相当)計62畑(今現在)の、これら産地のエリートワイナリー団体であるトラディオンスワインギューターTraditionsweingüter 加盟の35ワイナリーによる、リースリングとグリューナーの前年ヴィンテージのワインが、ほぼ全て一度にテイスティングできるってことにあります!!

 

ワイナリー別ではなく、各畑ごとにワインが並ぶのが、このテイスティングの真骨頂。各畑の土壌やら地質年代、標高、傾きや向きといった情報とともに、その畑のブドウで生産された複数(もちろんモノポールもあり)生産者のワインが飲める、という趣向です。

 

…そこの土壌オタクのあなたにはヨダレものではないでしょうか??

 

いやいや、普通のワインラヴァーも恐れることは全くありません

なんたって最初からエリートワイナリーのいい畑のワインばかり、選んで出してくれているのですから、こんなに文字通り美味しい試飲会ってないですよ!! 

…地元のお客さんなんか平気な顔して「ラムのリースリングくれ」(「ロマネ・コンティ畑のシャルドネくれ」と言っているに等しい:)とか、ハイリゲンシュタインのテーブルで「あんたのガイスベアクはどうしてないんだ」とか言って、生産者本人から試飲会の趣旨をこんこんと説明されてたりしてますから。で、美味しいワインをたんまりいただいた後には、指揮者アーノンクールの娘さんによる設計の野外コンサートホールで、トンキュンストラー・ニーダーエスタライヒによる、これまたオーストリアならではのレベルの高い演奏が待っています。

 

さらに、ドナウ周辺産地の該当年の味わいの傾向と質を把握するには絶好の機会!!

どういう区画が有利でどういう区画が不利だったか、誰が頑張って誰が不調だったか…などが年を重ねると、手に取るようにわかるようになる、という奥深さもあります。

そして何か疑問が出れば、そこでワインを注いてくれているオーナーやらワインメーカー、その家族やスタッフに直接尋ねられるし、おまけにお隣の生産者が口を挟んて来たり、そこから議論になったり…と、そういうライブリーなやり取りは、エリートワイナリーの仲間内が集まるここならではの醍醐味


【イベント概要はhttp://www.traditionsweingueter.at/en/lagenpraesentation/で】

 

今回は初心に帰って、寡黙に全ワインテイスティングして参りました! 

 

次回はカンプタールのエアステ・ラーゲンについてです>>

4日はエアステラーゲン・プレゼンーション、今日はゲーヌースマイレ…収穫本格化前にイベント目白押し!!

<<前回はグラーツについてでした

 

オーストリアもこの夏は日本同様猛暑だったようで、熟度は申し分なさ過ぎるほど。ブルゲンラントでは既に収穫が始まっています。

最初のハーヴェスト・レポートも発表される中、各産地では収穫が本格化する前のイベントが続々!

 

そんな訳で私も今日はヴァーグラム、明日はグンポルツキアヒェン、しあさってはヴァインフィアテル…といった調子で、荷ほどきもそこそこにバタバタとあちこちを飛び回っています。

 

グラーツ周辺のお勧めのスポットやら、ワイナリーやら、エアステラーゲン・プレゼンテーションの様子やら、報告したいことは山ほどあるのですが、このイベント・ラッシュの中、いつブログ書いたらいいんでしょう…。でも頑張ってぽつぽつ書いて行きますので、お楽しみに!

 

尚、オーストリアの2015年は、これまで色々な生産者と話した限りでは、一部雹の被害が酷かった地域(特にヴァーグラム)を除いては、量・質ともに満足のいくものになりそうです。

酷暑だったため、アルコールが上がり過ぎたり、皮が厚くなったり、酸が低下したり、という危険性もあるのですが、もう暑い年への対処には慣れっこのヴィンツァー達。9月に入って気温もググンと下がっていますし、うまく切り抜けてくれることと思います。

 

温度が十分に下がったとは言え、ここ4,5日のぐずついた天候にちょっと気を揉んでいましたが(カビの問題がなくても、あまり雨が多いとブドウの実が破裂してしまうので)、今日は快晴!

 

これからテルメンレギオン名物、世界一長いシャンク(戸外立ち飲み屋台)の列がブドウ畑の中に連なる”ゲヌースマイレ”に行ってきます!! 初シュトゥルム(発酵中の果汁)かな?

 

次回はエアステラーゲンのプレゼンテーションで、2014年の優良畑の個性をご紹介>>

グラーツ良い処一度はおいで!

<<前回はブログ再開のご挨拶でした

 

また書きます、って言っておいて、詐欺みたいですねぇ…

まあ、許して下さい! 

あの後シノワ渋谷店で滅茶苦茶美味しいコート・ロティを飲むワイン会をし(ルネ・ロスタン本当に美味しかったぁ…)、食べ残した和食を食べ、会い残した友人達と会い、バタバタとオーストリアに戻っていたのです。

 

いえ、ウィーンでなくグラーツ!!

 

本当は1か月くらいいたかったのですが、4日にエアステ・ラーゲのイベントがグラーフェネッグであるのと、お盆直後は飛行機が取れなかったのとが重なり、たった1週間の滞在になってしまいました。

さて、普通皆さんが旅行でオーストリアを訪れる場合、まずウィーン、それからザルツブルク、ってことになるのでしょうが、実はここグラーツがサイズ的には第2の都市(…たって人口26万くらいしかありませんが)。

 

最初は私も、シュタイヤーマークのワイナリーを訪れる際すら、何せ遠いし、限られた時間に少しでも多くのワイナリーを回りたい、という気持ちが働き、グラーツは素通りするか、仕方なく駅前の安ホテルに一泊するだけ、みたいなことをしていました。

でもここ、小さいのに、文化度は非常に高いし、食事はもうお墨付きに美味しい!!(ウィーンの著名レストラン”シュタイアレック”の名を挙げるまでもなく、一流どころの素材の多くがシュタイヤーマーク産だったりする)

…ってことに気づき、ほんのこの1-2年、ようやく泊まってみるようになりました。

 

いいんですよ、これが!!!

私、町としては東京よりウィーンの方がずっと好きですが、もしかしたらウィーンよりグラーツの方がもっと好きかも、…って思うくらい、いいんです。

 

どんなところか、っていいますと…

グラーツに居ると、ウィーン以上にここが『中欧』であることをひしひしと感じます。見事にスラヴとラテン、そしてゲルマンが溶け合っている

 

そもそもグラーツという名前は要塞という意味のスラヴ語から来ているとか。町のしつらえは、ハプスブルク華やかなりし頃のバロック様式が、現在進行形の生活の場として見事に保存されているのですが、伝統の重さより、オーストリアからイタリアに抜ける際、いつも感じる『色気』みたいなものが、何事にも少しだけ乗ってくるのがポイント。

…建物やショーウィンドウの色彩にも、食べ物の味わいにも。男女の語らいや仕草にも。

 

旧市街の北にシュロスベアクが聳え立つ町は、森の中に町があるイメージで、ウィーン以上に坂道のアップダウンが多く、ムール川の流れはドナウよりずっと早い。自然の中にある街では、電気自動車の公共燃料スタンドなどの設置も進み、人々のエコ&ビオ大好き度もウィーンより一層本気度高し。


で、思った以上にここはイタリア:)。

 -ジェラート(とは言わずにEisアイスと呼ぶが)スタンドがやたら多くて美味しい!

 -ピザ屋やイタリアンの数も半端なし。レストラン街では"ボン・ジョルノ"の声が響く

 -アルファ・ロメオがウヨウヨ走っている(他方アウディやBWMが少ないし、ベンツなんかほとんど見ない)

 -ウィンドウ・ディスプレイの色彩センスが渋&暗めで絶妙。イタリアの旧独語文化圏、ボルツァーノの悲しいくらいの明るいダサさ加減と好対照

 

イケズの結構多いウィーン子(失礼!)と違って、スーパーの店員さん(財布を忘れて来たことに気づいたら、笑顔で私の買い物をレジでそのまま預かってくれた)も、バスの運転手さん(グラーツ市内3日間有効観光チケットしか持っていないのに、5倍くらい運賃がかかるはずの2時間近くを要するド田舎まで、追加料金なしで乗せてくれた)も、ヴィルツハウス(オーストリア版ビストロ)やブロイハウス(ビアホール)、カフェの給仕の兄ちゃんも、道行く人々も車のドライバー(道を渡ろうとすると、必ずと言っていいほど止まって譲ってくれる)も、なぜか皆鷹揚でとーっても親切。市内トラムは無料乗り放題だし、木を多用する(石造りの場合でも窓枠やら内装やらには木がふんだんに使われている)建築物や家具が日本的感性に妙にしっくり馴染みます。

良さ気でしょう、グラーツ?

 

…と、書きながら時間切れ。今日私はこれからウィーンに戻り、明日のエアステラーゲン・プレゼンテーションに備えます! グラーツ周辺のワイナリー訪問の様子なども追ってブログにしますので、お楽しみに!

 

蛇足ながら、グラーツはウィーンより南にありながら気温は低く、ウィーンのように街中にブドウ畑やホイリゲはありません。ここが唯一残念なところでしょうか。

 

次回は2015年初秋の天候&イベントについて>>