うわ、帰国まであと1週間しかない!! 

<<前回はルーディ・ピヒラーの試飲レポートでした

 

ブログ読者の皆様、

永らくお休みしてしまったことをお許し下さい。ペコリ。

 

実は私、5月末にウィーンの仮住まいを引き払って以来、所帯道具一切合財を2つのスーツケース&バックパックに詰め、まずオーストリアワインマーケティング協会主催の“ワインサミット”に参加。オーストリア国内ワイン産地を移動した後その足でフランスに入り、場所毎に異なる友人と合流したり一人に戻ったりしながら、パリ~サン・マロ~シノン~ブロワ~フラジェ・エシェゾー~アルヴォワ:ジュラ~パリ~ランス&シャンパーニュ~リヨン&北ローヌ、と仏縦断の旅をしておりました。ローヌの旅を終え、そのまま再びパリに戻って翌日ウィーンに引き返し、また一泊して日本に帰国する、という都合40日以上にわたる大荷物を引いての強行軍

 

ウィーン=パリのエアフラ・ディスカウント便は、チェックイン時間ギリギリで飛び込んだにもかかわらず、前にはだかるトルコ人集団が手間取り、お約束でいけずのエアフラ職員と押し問答の末結局タイムアウト! 大枚€600も払って翌日の便に乗るという、いきなりの理不尽なトラブルに見舞われました。

ランスの安宿は、”Studio”と銘打っておきながら、納屋を改造した窓もない3m四方くらいの、日本人もビックリの狭くて暗い空間。しかも最初に鍵を開けて部屋に入ると床が水浸し、というとんでもない代物でした。

リヨンの断崖の上に建つ超アンティークなアパートでは、渡された鍵ではドアが開かず、真夜中に2時間以上玄関前で主人の帰宅を待つ羽目にも陥りました。

パリで死人の出る猛暑下、更に酷暑の北ローヌでは、文字通りCote Rotieの灼け付く斜面を踏みしめ、揚句120数段の階段を上って疲労困憊ようやく最上階の自室に辿り着くも、気温は夜中でも35度を超え、西陽にさらされたベッドは熱を持ってとても寝付けず、思い余ってベッドに水を撒いてなんとか朝方にウトウトできるという壮絶な日々…

 

おばさんは芯からクタビレましたぁ…

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