ボルツァーノ その2 二重言語都市の趣や如何に?

そもそもプリンセスはアルト・アディジェ(=南チロル)を「アルプス山中にある冷涼産地」と勝手に信じ込んでおり、冷涼産地としては「どうにも腑に落ちない」所だと感じていました。

…というのは;

1.これまで味わったアルト・アディジェのワインの冷涼度は、ドイツやオーストリア、アルザスにすら遠く及ばないのを不思議に思っていました。

2.正真正銘アルプス山中の産地で、多くのワイナリーがカベルネやメルロといったボルドー系品種を造り、それがまた結構なレベルのワインであることも不可解でした。

3.さらなる謎が、日本に入っているトップワイナリーが、テルラーノ、トラミン、コルテレンツィオ、St ミケーレ・アッピアーノなどの協同組合であること。協同組合でなくともアロイス・ラーゲデアやホーフシュテッターなど規模の比較的大きな生産者ばかり。尖った小規模生産者は存在しないのでしょうか?

 

往生際の悪いプリンセスは、現地の土を踏みボルツァーノが亜熱帯と判明しても、それでもなお「ワイナリーとその畑は、街周辺のより標高の高い(=気温の低い)山々の斜面にあるはずだ」と固く信じ、『アルト・アディジェの冷涼ワイン』を諦めていませんでした。依然狙い目は酸とミネラルを主体とした冷涼感溢れる白。付録としてエレガントな赤…。それもエッジーな生産者のものがあるといいなぁ…、と。

 

一方でアルト・アディジェの特殊な歴史――中世以来のドイツ語文化圏で、第一次大戦後イタリアとなるまではハプスブルク帝国の一部であり、それ以降、そして今も伊独二重言語地域である――にも惹かれていました。早い話が「ハプスブルク文化の優雅とイタリア文化の洒脱の合体した、とっても素敵な場所なのではないか」と期待していたのです。ラテンとゲルマンとスラヴの交差するトリエステも思った通り趣深い街でしたしね。

 

折しも南チロルはワイン祭りの真最中。ボルツァーノのパブやらワインショップを冷やかし、イベントバスに乗り込んで集中的に色々な生産者を訪ねることで、車窓からできるだけ町や畑の様子を観察し、少しでも多くのワインを味わうことにしました。

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ボルツァーノ その1 やっぱり実際に行ってみないと…

ヴェローナからボルツァーノへ電車で向かったプリンセス。

不思議なことにヴェローナ駅には、入口正面のメイン切符売場脇の奥まった場所にÖBB(謂わばオーストリアのJR)Deutsche Bahn(ドイツのJR)合体の切符予約&販売専用のブースがあり(当然ドイツ語が通じます)、そこで切符を買えば、普段オーストリア国内で使っている割引カードが一部適用されることを発見。ラッキー! 

…と喜びつつ、ヴェローナという場所が、いかにドイツ語圏(特にドイツとオーバーエスタライヒ)からイタリアへの窓口として重要な位置にあるかに改めて気づかされます。

 

ところでプリンセスの今回の旅は、旧ハプスブルク帝国内の主要ワイン産地の文化風俗に触れることが目的でした。食というものはあらゆる文化の中でも最も保守的なもの故、ハプスブルク時代の尻尾が思わぬ場所や料理、飲み物に残っているかも、という期待もありました。

 

ウィーン→グラーツ(シュタイヤーマーク)→トリエステ(フリウリ・ヴェネチア・ジュリア)→ヴェニス→ヴェローナ(ヴァルポリチェッラ)→ボルツァーノ(トレンティーノ・アルト・アディジェ)→ザルツブルク(ここはビール)→ウィーン――という順序でグルリと電車で回ったのですが、無学なプリンセスは「全訪問地の中で一番寒い場所がこのボルツァーノのはず」と勝手に思い込んでいたのです。

ヴェローナからボルツァーノへは一方的に北上する訳だし、ドロミテ山塊のど真ん中にあるからには恐らく1000mに迫る標高のはず。ここでググーンと気温は下がるのだろうなぁ、と想像していました。

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ヴァルポリチェッラは楽しい その3 サラミで納得!

ヴァルポリチェッラに滞在している間中、プリンセスは「何故ローマ(一説によるとギリシャ)時代の昔から、この一帯ではブドウを乾かしてから醸造するという手法が定着したか」について思い巡らせていました。勿論、訪ねた5ワイナリー全てで、バカの一つ覚えの如く同じ問いを繰り返してもいました。

曰く「コルヴィーナの弱いタンニンを補う」「長期熟成タイプのワインとしての物性的&味わい上のバランスを得る」「風味を凝縮させる」…。どれも正しいのでしょう。

でもそれなら、ブルゴーニュでもピノのアパッシメントが伝統製法として普及しても良かったはず…。

 

…釈然としないまま、ネグラール最後の朝を迎えます。

連日素朴ながら美味しいお手製の食材の数々が並ぶ朝食のテーブル。

…そうそう、これです、これです! プリンセスがぞっこんの半生サラミ!!

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ヴァルポリチェッラは楽しい!その3 クインタレッリ強襲 part2

さあ、Quintarelliでのテイスティングの始まり、始まり!

 

最初のワインはBianco Secco 2011。ガルガネーガ、トレッビアーノ、SB、CHなど5品種から造られるクインタレッリ唯一の白ワイン。

柔からな酸、芳醇な果実味…やはり北のワインとは一味違います。最高のブドウ造りに労力を注ぎ、醸造は極力自然に任せるシンプルな技法が味わいからも伺える素直さと奥行。一口で言えばすっきり円やかな個性。

 

プリンセスの目はワインを注ぐフランチェスコの、揺るぎない動きにくぎ付け。そして口と頭は柔軟で伸びの良い、粒子の細かい、優しくて深く芳醇なクインタレッリ・ワールドに沈潜。

…その結果、この最初のワインからテイスティングが終わるまで、彼がワインについて何を語ったのか、語らなかったのか、プリンセスのノートには断片的な単語が少数書きつけられるのみ

 

何はともあれ、フランチェスコのお手前を思わせる美しい所作をご覧いただきましょう! 隣席のVIP顧客が「御爺さんと全く同じ注ぎ方だね」と嬉しそうに頷いていたその所作を。

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ヴァルポリチェッラは楽しい! その2 クイタレッリ強襲 part1

そうそう、イタリア訪問記が途中でプッツリ途絶えていることに今気づきました。早速挽回します : )

 

ヴェローナに入りB&Bへ向かう車の中で、オーナーのパオラがなんとあのクインタレッリに翌朝のまさかの訪問アポを入れてくれてしまったことは、ヴァルポリチェッラ編その1で書きましたね。

かなり無理くり入れてくれたアポであることは、電話中「ジャーナリスト、ジャーナリスト」と、何度も繰り返していることからも想像がつきます。

「あー、ブログ以外に発表の宛もないのに申し訳ないなぁ…。クインタレッリを訪問できるなら、もっと色々予習して来るんだったなぁ…」などと、色々思ってみても後の祭り。ここはまな板の鯉で、とにかくプリンセスにとっては世界一のアマローネとレチョートを造る生産者の見せていただけるもの、味わわせていただけるものを、できるだけしっかり全神経を研ぎ澄ませて受け止めたい、と気を引き締めて出かけました。

 

ネグラールのワイナリーで我々を迎えてくれたのは、昨年亡くなったジュセッペの孫にあたるフランチェスコ。どうやらこの日、ジュゼッペ御大の代からのVIP顧客の訪問予定が入っていたらしく、そこに混ぜてもらえた模様。彼らとのテイスティングが始まるまでのほんの数分間、ワイナリーの屋上から一望できる畑を見ながら、幾つか質問をすることができました。 

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ヴァルポリチェッラは楽しい! その1 ニコリス

ヴェローナ駅でピックアップされたのは――2時の予定だったのに――もう4時過ぎていたし、ヴァルポリチェッラ初日はゆっくり宿で休む積りでいました。

そもそも今回の旅は100%観光旅行のはずで、ワイン産地を訪ねるにしろ、取材のようなことはする積りもなく、自転車で産地を走り回り、気候と土壌のアタリでも付けば満足、と思っており、アポも入れていませんでした。


ところが、宿への車中で「今日はこれからワイナリーに行かないのか?」と聞かれてしまいます。「行きたいワイナリーがあれば、連絡をするから遠慮なく言ってくれ」とも。挙句「ワイン・ジャーナリストとワイナリーを訪問すると私も勉強になるし」とまで言われてしまい…。

「そりゃあ、ネグラールで一番行きたいのはクインタレッリ」と臆面もなく言ってみます。

「うーん、ちょっとそれは特別なワイナリーだわねぇ…」と言いつつ、B & Bのオーナー、パオラはiPhoneを取り出し電話。イタリア語は皆目わかりませんが、何度もジャーナリスト“という言葉が挟まれています。そしてなんと、「今からは無理だけれど、明日朝ならOK」…って、「まさか今クインタレッリに電話してた訳?」。

 

…というわけで、あまりにあっけなく翌朝のクインタレッリ訪問が決定。宿への道すがら、勧められるままに、B & Bの隣町にあるNicolisというワイナリーへ。

どうやらパオラとニコリス家は懇意のよう。

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ヴェローナでゾンビ復活 : )

2週間にわたる今回の旅は、旧友がウィーンを訪れる機会を利用し、もうかれこれ10年余り縁のなかった、ワインとは一切無関係の、真から物見遊山な欧州観光旅行というやつをしてみよう、という気持ちから思い立ったものです。

ところが、貧乏性のプリンセスは常々職業上気になっていた場所――北東イタリアにあるハプスブルク文化圏のワイン産地――に結局は立ち寄ることに。

 

ワイン絡みの目的地はNegrarネグラールとBolzanoボルツァーノ。ご存知の通り前者はValpolicellaヴァルポリチェッラに、後者はAlto Adigeアルト・アディジェにあります。

 

ヴェニスからネグラールへの移動日。我々は駅でピックアップされる予定時間よりちょっと早めにヴェローナに入り、街歩きを楽しむことにしました。

 

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ヴェニスに死す 最終章

ヴェニスでのクライマックスは最終日の晩。

 

絢爛豪華でいかにもヴェネチアンな歴史的モニュメントで、プリンセスは壮絶なガッカリ体験をし、文字通り‟ヴェニスに死す”のです…。

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ヴェニスに死す 中編

部屋に着くなり既にゲンナリしていたプリンセス。少し休んで、気分を切り替えるべくサン・マルコ広場周辺の散策&夕食に出ることにしました。

 

ですが、超狭螺旋階段で5階から降りると目が回り、三半規管の弱いプリンセスには辛い…。

 

それにしても小汚い街です。

水際に並ぶ123世紀以来の特異な街並みと建造物がこうして今も残っていると思えば、確かに見物としては奇異度抜群! 建物の骨格や意匠には、この都市が遠くイスラム諸国との交易で栄華を極めていた片鱗を覗かせる絢爛豪華かつエグゾティックな魅力も沢山あることは認めましょう。

けれど狭苦しい路地に空が見えないほど次々に朽ちかけた建物が迫り来る様には…得も言われぬ不衛生感と腐敗感が充ち充ちます。

「まあねぇ…アッシェンバッハ教授もコレラで死んだ島だしねぇ…」と、妙な納得をするプリンセス。この小汚い路地&運河&建物の外壁を多少掃除するだけでも、高いイタリアの失業率減少への貢献が期待できるのではないか、などとも考えます。

 

※観光ガイドブックでは見られない、バッチいヴェニスをここでちょっとご覧いただきましょう。

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ヴェニスに死す 前編

トリエステの次の目的地はヴェニス。

 

ヴェニスと言えば…なんと言っても表題の映画。初めて観たのがおそらく高校3年生か大学一年生の多感な頃…。

当時退廃的パンクロックバンドでドラムスを叩いていたプリンセス的には、ヴィスコンティ監督のドイツ3部作――“地獄に落ちた勇者ども”“ルードヴィッヒ”そしてこの“ヴェニスに死す”――は、何か禁断の爛熟退廃美を見るが如く怪しい輝きを放ち…とにかく理屈抜きに近づき難く優美な、音と映像とストーリーの一体化した“美の頂点のシンボル”だったのです。

 

そして4半世紀の以上の時を経て、プリンセスは初めて現地の土を踏みました。

ヴェネチア・メストレから電車で海を横断し、ヴェネチア・サンタ・ルチア駅へ。そしてここからリアルト橋近くまで船で入ります。

プリンセスのイマジネーションはすっかり映画の中。

駅周辺がバッチかろうが、の対応が少しくらい悪かろうが(city mapが有料なiというのも珍しいけれど…)ノープロブレム! リアルト橋行の船がどれかわからず、迷っている隙に船が出てしまっても、乗り合わせた乗客や船の係員の言動が不調法でも、船上が超蒸し暑くとも、プリンセスは主演のアッシェンバッハ教授役のダーク・ボガードが、船上で淡いベージュの麻のスーツを着込み、汗を拭き拭き島を目指す場面や、船着場へ降り際に不気味な芸人と出会うシーンと自分を重ね合わせ、悦に入っておりました : )。

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ブレンドワークショップ@ドメーネ・ヴァッハウ

昨日ヴァッハウのデュルンシュタインにあるドメーネ・ヴァッハウで、同ワイナリーのディレクター、Roman Horvathローマン・ホルファートMWによる、ノイブルガーのブレンドを含むテイスティング・ワークショップがあると聞きつけ、本来オーストリア・ソムリエ協会メンバーを対象とした1年がかりの――剪定からラベル・デザイン、販売までに関わる――プロジェクトの一部なのですが、プリンセスもチャッカリ参加させていただきました。

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