シリア難民状況続報――で、自分の国は??

<<前回はゲヌースマイレの花形区間のご紹介でした


とにかく今オーストリアでは、家庭でも交通機関でもカフェでも(きっと学校でも会社でも)、フリュヒトリンゲン(=難民)の話題でもちきりです。

 

「ウチの娘の家のすぐ前に寝泊まりしているらしい」「あら、それはひどい」、「Welcomeと言っておいて、急にストップって、それはない。こんな小さな国、しかも既に移民で溢れかえっているオーストリアに押し付けるなんて」――みたいな、どちらかと言えば被害者目線の世間話が大半ですが、逆に支援行動を起こすよう促すメールが友人から送られて来たりもします。

 

なのに私は、街でその単語を耳に挟んでも、露骨に文句を言っていたり排斥を叫んでいればともかく、話がちょっと込み入ってくると、議論が見えない悲しいドイツ語力しか持ち合わせない…。ニュースを聞いても新聞を読んでも、どうも事態がちゃんと飲み込めた気がしません。

 

それで木曜日、用事があったついでに、多くの難民が寝泊まりしているというヴェストバーンホーフ(西駅:日本で言えばさしずめ新宿駅)に行ってみました。他の駅でも足りる用事だったのですが、モノを書く人間の卑しい性…、この目で事態を確かめたい、と思ったのです。

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ウィーンの森のワイン・イベント――ゲヌースマイレ最終日――ハイライトはやっぱりグンポルツキアヒェン!!

<<前回はシリア難民が続々と押し寄せるオーストリアの状況をご報告しました

 

さて、再びワイン・イベントに話を戻して、”ゲヌースマイレ”の最終回です。


このイベント、直線距離でも15km。かなり迂回もするし、だから本当に全部歩くと30-40kmになるのではないかなぁ…。途中大きく途切れたり、畑もシャンクも存在しない区間も存在するなど、長い長いコースを一日で歩き通す人はまずいないでしょう。

では一日しか参加できない場合はどこを攻めるか? …となれば、特に個人的御贔屓ワイナリーを訪ねるのでない限り、私はグンポルツキアヒェンからプファフシュテッテンに向かう区間をお勧めします。

1世紀遡ればオーストリアいち、いや欧州随一の白の銘醸地とも言われたグンポルツキアヒェンと、ブルゴーニュ同様ブドウを育てる僧侶の拠点でかつ、バーデンとグンポルツキアヒェンというホイリゲで有名な両村落に挟まれたプァフシュテッテン(ここも白の産地)。

ウィーンの森の中で最もレベルの高いワインを造るポテンシャルの斜面が舞台で、シャンクの集積度も最も高く、そこを訪ねる人出も圧倒的に多い、ぶっちぎりの花形区間です。

 

その見事な斜面を徒歩縦断しながらゆったりと飲み食いができるゲヌースマイレの醍醐味を、このブログを通して読者の皆さんと共有しちゃいましょう!

 

ではお約束の写真から。

<グンポルツキアヒェンの町から入ってプファフシュテッテンの目前まで行き、また町に引き返して来ました>

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シリア難民、続々とオーストリアへ

<<前回はゲヌースマイレ、2日目の模様でした

 

今日は本来、13日日曜日に参加した、ゲヌースマイレで最も人気の高いグンポルツキアヒェンからプァフシュテッテンへ抜ける(或は逆の)コースをご紹介しようと思っていたのですが、自分のやっていることがあまりに社会とかけ離れていることに違和感を覚え、テーマを変更してお送りします。とりとめなく長文になること、そして私の独語力ではどこまで事情が正確に理解できているか心もとないこと、等々お許しを。

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ウィーンの森のワインイベント”ゲヌースマイレ”参加報告 中編(バート・フェースラウ~バーデン)

<<前回はゲヌースマイレの9/6の様子でした

 

さて、昨日12日(土)も、予告通りゲヌースマイレに参加。今度は南端バート・フェースラウからソース、バーデンを経て、プァフシュテッテンの手前まで歩いてみました。

 

バーデンに1年半も住んでいながら、お隣りソースより南の畑を見たことがなかった私。丁度いい機会なので、わざわざ不便な、更に南のバート・フェースラウから入ってみたのですが…。

 

例によってまず連続写真で、昼の様子をご覧下さい!(写真をクリックすると説明がご覧いただけます。SDカードを忘れたのでiPhonカメラで失礼)

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ウィーンの森のワイン・イベント――ゲヌースマイレ参加報告写真日記 前編

<<前回は真面目なエアステ・ラーゲン・プレゼンテーションのクレムスタール編でした

 

打って変わって、今週の日曜には赤ちゃんからペットまで楽しめる:)、ウィーンの森の麓のブドウ畑を巡るお気楽イベント”ゲヌースマイレ”に参加して来ました。

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バレンボイム vs アーノンクール、場外乱闘?:)

<<前回はヴァッハウのホープ、ヨーハン・ドナバウム訪問記でした

 

行って参りました! サンタさんのお蔭で久々に着席でのムジークフェライン! 左サイド28列目6

左側中央の大扉から入って後方にズズイと進んだ、床が少し高くなり始める辺り。「あら、お高い割に後ろなのね」なんてバチ当りなことを思いつつ席に着くも、演奏が始まって感嘆。 

中央ブロックとの通路が右手にある端の席なので、演奏者まで視界が気持ちよく抜けています。しかも目線を上に上げることなく、角度的にも高さ的にも自然な姿勢で手の動きが見える!!!

58.50という中途半端な値段(サイト上にそんな価格はなかった)といい、この実にピンポイントに考え抜かれた位置取りといい…「ああ、ピアノの時はここが定席、な年季の入った楽友協会会員だったのね、あのサンタさん」と、思い至りました。

 

ちょっと人の引いた休憩時間に、私がピアニストの手許とペダル捌きの見える位置を確認しながら「しめしめ」と場所取りする様を、サンタさんはきっと見ていたのですね:)。

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初夏のサンタクロース、ムジークフェラインに現る!!!

<<前回はヴァッハウの土壌についての逡巡でした。

 

今日は予定を変えて、ついさっき私の身に起こった不思議な出来事のお話。

 

私がここオーストリアに住んでいるのは、素晴らしい音楽が湯水のように溢れていることとも勿論無縁ではなく、特に音楽観光大国ならではの大盤振る舞い――シュターツオーパーの舞台裏席やらムジークフェラインの立見席やら――の恩恵には預かりまくっています。

で、2015年初夏の私にとっての音楽的目玉は、バレンボイムによるシューベルト・ソナタ全11曲の4夜チクルス。

 

今夜はその第2夜でした。いつものように指定席:)のStehplatz=立見席で前半2曲(D575, D894)を聴き終え、D894の余韻に浸っていた休憩時間。物見遊山の観光客も多い立見席は、面白いことに(こんな超貴重プロでも)前半だけで帰ってしまう人も多く、後半戦は最前列の手すりにもたれて抜群の位置で鑑賞できそうだ…しめしめ、と思っていた矢先、80歳は行っているであろうとても背の低い老人が私に声を掛けて来た。

「ちょっと聞いていいかい?」「11日の日曜もバレンボイムを聴きに来るかい?」「ドイツ語話すよね?」

こちらでは何かと世知辛さに揉まれている私は、「ああ余分のチケットでも売ろうっていうのかな?」と咄嗟に思いました。「ええ、でももうチケットは買ってあるんです。」

と、その老人「また立見席?」

私「ええ」

老人「残念なことに来られなくなってしまって、これ、プレゼントするよ。」

私(呆気に取られ、聞き間違いかと思いボッとしていると)

老人「僕の言ってる意味わかるよね。お金はいらない。プレゼントだ。日曜の11時だから」と、言ってチケットを私に渡すと、そそくさと立ち去ってしまいました。

 

いくら多少人が引いたとは言え、世界各国からの可愛いお姉ちゃんやお兄ちゃん、いかにも向上心旺盛な音大生風情がひしめく中、何故私に声をかけたのか…。施したくなるビンボーオーラを発散していたのか、胡麻塩頭で立見は痛々しかったのか(いえいえヂモティーにはそのテのご老人も沢山いらっしゃいます)、はたまた『シューベルト命!』の星印が私の瞳に浮かんでいたのか…。まあ、何であれ、€58のチケットをタダでいただいてしまいました。

 

初夏のサンタさん、ありがとう! 日曜の演奏、ゆっくり座って堪能させていただきます。

…世の中捨てたもんじゃない:)

 

次回はヴァインフリューリンク@ヴァッハウ報告に戻ります>>

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ウィーンでベルギービールが飲みたくなったら

<<前回はオレンジ・ワイン フェスティバルのご報告でした

 

さて、オレンジワインを飲みつかれた私は、試食目的で試飲会に参加し、とっくの昔にリタイアしていた友人と再び落ち合って、ビールを飲んで帰宅することに。

しかもなんだかベルギーのクリークやらランビックやらが飲みたくなって、前々からチェックしていたヴェストバーンホーフから徒歩5分ほどのKänguruhカンガルー(こちらの発音ではケングガルー:)へ。

 

ふざけた店名からは予想もつかぬ、オーセンティックなヴィルツハウスの趣! いかにもビールオタクの巣窟的ハードボイルドな空気に溢れ、椅子席は喫煙室を除き全て満席。で、仕方なくカウンターで立ち飲みをすることに。

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オレンジワイン・フェスティヴァル in ウィーン

<<前回はド・スーサ訪問記でした

 

11月3日、日本では文化の日(だったか?)、祝日だったのではないか、と。

私は、と言えば、オーストリアワイン・オタク、自然派ワイン・オタクの期待を一身に集め:)?

行って来ました、オレンジワイン・フェスティヴァル in ウィーン!!

 

4時の開場ピッタリに会場のMuseumsQuartier、通称MQに到着するも、既に入口には入場券を買い求める人々の列。人気のほどを伺わせます。

通常このテの試飲イベントにはプレス/業界枠があり、入場が無料/割引だったり、一般客の前に比較的ゆったりと取材&試飲ができたりするものですが、今回は一律€30を支払っての同時入場。闘志満々です:)

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シュテファン大聖堂ワインお披露目イベント 後篇

<前回は御大アンセルム・セロスのソレラに押し掛けた様子でした

そして、このお話には前半があります。

 

シュテファン大聖堂チャリティーワインのお披露目ですが、会場を見渡すと、生バンド(コントラバス、フルート、ギター、女性ヴォーカル)がお洒落風ジャズを演奏し、ORFテレビとラジオの取材が入り…。

ん?、どうも招待客の面子がいつもと違う…。見慣れたワインメディア関係者は皆無で、ゼクト・イベントに多かった食品関係メディアとも異なる雰囲気。身なりが華美という訳では全くないのですが、何かこう、平日の昼間に働かなくても生きて行ける人々に特有の空気:)を発しています。

シュパノッチ博士によるプロジェクトの紹介、テーチンガー博士によるシュテファン大聖堂とワインの関係(水よりワインを混ぜた方がコンクリートの固まりが良いので、シュテファンの土台にも沢山のワインが使われているそうな)についての解説等がありましたが、ワイン生産者達からのコメントは一切なし。

 

元々私のドイツ語力は未だにかなりショボいものですが、それにしてもこの日の博士達の説明、招待客同士がお互いを紹介するやり方…等々、なんだかいつに増して持って回った如くまどろっこしい表現でわかりづらい…。

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シュテファン大聖堂ワインお披露目イベント 前編

<<前回はアンセルム・セロス直々ガイデッド・テイスティングの様子でした

 

さて、と。再びお話はオーストリアに戻ります。

 

一挙に冷え込んだ22日の午後、オーストリア最古の歴史を持つ「ウィーン新聞」に食文化周りの記事を寄稿する、ハンス・ヴェルフリング氏から"シュテファンスドームワイン"のお披露目会にお誘いを受け、皆さまご存知のシュテファン大聖堂へ。

 

あのですね、実は私超のつく観光地嫌いでして…。従って、これまで一度もシュテファンスドームに足を踏み入れたことがありませんでした。

 

入口付近で「さて、会場は?」とキョロキョロすれば、案の定モーツアルト鬘を被った客引きの兄ちゃん達に「コンサートはいかが?」と声を掛けられます。「シッシッ…あれ? 裏口からかしら?」と横に回ってみるも、何の表示もなし。結局大聖堂をグルリと一回りしてしまいましたが、見つからず。

「またやらかした? シュテファンスドーム・ワインだから会場もシュテファンスドームだと思い込んでた私がいけなかった?」と不安がよぎります。

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新DACは話題のヴィーナー・ゲミシュター・サッツ!

8月19日に誕生したオーストリアの最新DACは、日本でも人気抜群のヴィーナー・ゲミシュター・サッツ。

 

…その規定によりますと;

ヴィーナー・ゲミシュター・サッツの新規定は少なくとも3つの白の高品質ブドウ品種がひとつのウィーンの畑に混植され、ブドウ畑登録にヴィーナー・ゲミシュター・サッツとして登記されなければならないと定めている。ワインに使用されるブドウは、いかなる単一品種も50%のシェアを超えてはならず、3つ目の品種のシェアが少なくとも10%なければならない。また、ラベルに表示されるアルコール含有料は12.5%を超えてはならない。ワインは辛口ではっきり認知される樽のニュアンスがあってはならない。


ウィーンを代表するワインがGemischter Satzであることにはプリンセス、微塵の異議もありません。

 

しかーし!

 

>少なくとも3つの品種、ってちょっとあまりにも手ぬるくありません??


いかなる単一品種も50%のシェアを超えてはならず

ということは、逆に言えば半分グリューナーでも、半分ミュラー=トゥルガウやゼームリンクみたいなお邪魔虫にされがちな品種でも、ソーヴィニヨン・ブランやゲルバー・ムスカテラー、トラミーナーみたいなアロマティックな品種が半分占めていてもヴィーナー・ゲミシュター・サッツな訳ね??

 

で、もっと不思議なのが

>3つ目の品種のシェアが少なくとも10%なければならない

って、これ、本当に10品種以上混植しているような、例えばヴィーニンガーのGS Nussbergみたいな正統派のゲミシュター・サッツの場合、3つ目が10%以上にならないことだってあっても、品質や正当性の妨げにはちっともなりませんよね??? 

まあ、2品種で9割り以上占めたりしたらそもそもお話にならない、っていうのは判りますが…なんだか話のレベルが低くございませんこと?

 

グリューナー50%、シャルドネ30%、ソーヴィニヨン・ブラン20%、みたいなヴィーナー・ゲミシュター・サッツって有りですかぁ? 

グリューナーをミュラー=トゥルガウに代えると更に許し難いし、ソーヴィニヨン・ブラン40%、シャルドネ30%、ユービロイム30%なんて組み合わせも相当気持ち悪い…

 

更によくよく考えると狐につままれた気分になるのが

>ひとつの(originalは”in einem Wiener Weingarten”, "one vineyard in Vienna")ウィーンの畑に混植され

の記述。『ひとつ』って、どのくらいの広さまでひとつと認められるんでしょうか。上級クラス、つまりヴィーナー・ゲミシュター・サッツより更に狭い畑の範囲である"ヌースベアク"ですら、グロースラーゲであって単一畑ではありません。ましてやよりベーシックで大量に生産されるヴィーナー・ゲミシュター・サッツが『ひとつの畑から同時に収穫される』って、常識的に考えてプリンセスには信じ難いのですが…。

これって実際にはウィーンのどこにある畑でもヴィーナー・ゲミシュター・サッツの畑として登記さえしておけば、ウィーンの畑皆兄弟、我々ウィーンの単一の畑、って扱いになる、ってことですかね、きっと : )  それとも”One vineyard”は、ウィーンに「或る」畑、と解釈すべきなんでしょうか?

 

そして更に「騙された」気分になるのは規定のどこを見ても「一度に収穫して混醸」の言葉が見当たらないことです。別々に醸造したバッチをブレンドすることを禁ずる文言もありません。

 

…ってことは、3品種のブレンドをヴィーナー・ゲミシュターサッツと呼んでも法には触れないのか???

 

Hajszan Neumannハイシャン・ノイマンのStefan Hajszanシュテファン・ハイシャンによれば、ゲミシュター・サッツがミシュヴァイン(混ぜこじゃワイン=蔑称)と呼ばれていた2000年代初頭までは、多くのゲミシュターサッツがヴァインフィアテル産のバルクのグリューナーとブレンドされ、当時人気絶頂品種だったグリューナーとして世に出ていた、とか。

…となれば、一転、現在のようなゲミシュター・サッツ人気になると、少し前グリューナーとして、或いはシャルドネやミュラー・トゥルガウとして売られていたワインがゲミシュター・サッツに変身して市場に出る可能性も高い、ということ?

 

なんだかこの規定は、それをやりやすくしている側面があると勘ぐってしまうのは、ここオーストリアで何かと世知辛い思いをしているプリセスだけでしょうか…。

お城ワイナリーの御爺ちゃんペーターも「Ugh、ヴィエニーゼ! 政治的策略の天才ヴィエニーゼ…」って溜息ついていたしなぁ…。

 

※ 余談ですが別項に「ヴィーナー・ゲミシュター・サッツDACは単一畑名呼称で販売することもできる。この場合アルコール含有量は最低12.5%で、ラベル表示されねばならない。ワインは“辛口”のテイスティング特性に合致する必要はなく、収穫翌年の3月1日より前にリリースすることはできない。」とあるのですが、果たしてヌースベアクはこの場合単一畑名扱いになるのでしょうか…? それともあくまでローゼンガートゥルやヴァイスライテンみたいな本当の単一畑ものだけが畑名ワインで、ヌースベアクはヴィーナー・ゲミシュターサッツに過ぎないのでしょうか。

プリンセスとしては畑名もですが、アルテレーベンの樹齢規定をしっかりして欲しいところでした。

 

色々突っ込みたくなる箇所満載なヴィーナー・ゲミシュター・サッツDAC規定。

…信頼のおける生産者のものを自己責任で選びなさい、ってことですね : )

 
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アパート探し御難続き…

vinologue読者の皆さん、ちょっと遅れましたがただいま~!

 

さて、アパート探し騒動の続きでしたね。

本当はもう思い出すのもいまいましいのですが、デトックス効果を期待し:)、連続して起こった「なんだかなぁ」な出来事を書き留めておきます。コトがコトだけに長文です。

 

最初の事件はImmobilien Scout 24.atというオーストリアのアパマンショップみたいなサイトを舞台に起こります。

プリンセスが興味を持ったのは邸宅街地区として知られる18区の75平米の物件。しかも家賃が超格安。他の物件がこれでもか、これでもか、と物件特徴をドイツ語で(当然ですけど)アピールしているのに対し、この物件は写真なし。説明も一切なし。タイトルに「閑静、日当たり良し、素晴らしい邸宅エリア」と、ただ書いてありました。

 

とにかく大車輪で数多くの物件の説明を読み、契約条件など細則を理解するのにいささかウンザリしていたプリンセスには、このシンプルさが魅力に映りました。なんだか貸主の自信の表れのように感じたのです。ときどきこういう好物件が、お金持ちだったりしっかりとした定収入の保証された欲のない知識労働者(医者だの弁護士だの建築家だの大学教授だの…)の気まぐれで、思わぬ低賃料で貸しに出ていたりすることもあるので、そういうラッキーの匂いを嗅ぎつけた、とでも言いましょうか。

 

で、興味があるのでコンタクトを取ってくれるよう、サイト上で申込。すると半日と置かずに以下のようなemailが(重要点のみ要約);

「私の物件に興味を持って下さって有難うございます。―中略(貸主の自己紹介:イギリスの薬剤エンジニアで、ウィーンに2年赴任した際に、アパートを借りる代わりにこの物件を購入した経緯など)―。私の物件をクリーンで信用のおける人物に貸したいため、あなたについて少し知る必要があります(職業、安定収入の有無、年収、趣味、etc)…。」

 

そういう訳でプリンセスは、自分がしがないフリーランスであること、この数か月で円=ユーロ為替は3割以上動いていること、などを添え、ここの3年の収入を伝えるメールを送りました。

すると間髪を入れず、「もちろんあなたをテナントとして迎えたいと思います。ただ、私はイギリス在住で非常に多忙なため、アパートをすぐに見てもらうことができません。が、何らかの手段を講じましょう。」とのメール。

とにかく早くアパートを決めたいプリンセス。「ではアパートを拝見する手順、契約条件やら支払方法の詳細をお知らせ下さい」と、意欲満々のメールを返信。

 

その返信メールで彼は「私のアパートはイギリスの不動産管理会社の管理下にあり、管理会社にあなたが住人候補者であることを登録する必要がある。ついては住所と氏名、電話番号を知らせてくれ」と書いて来ます。

 

プリンセス、気持ちが目一杯前のめりですから、すぐに住所、氏名、電話番号を返信しようとして…

しかし、ちょっと待てよ…??! と立ち止まりました。

 

ウィーンで独り暮らしを始めて以来、色々な交渉事で「しまった!」と思った場面も多く、少し慎重になっていたのです。

「アパートを見る前に、契約書に住所、氏名、電話番号を記入する、だなんて有り得ない…」と、我に返りました。メールには連絡先の電話番号すら記されていません。

 

一転「怪しいな、これ」と訝り始めた訳です。

 

そこで「まずアパートを見せて下さい。いつ拝見できますか?」というメールを送ります。すると「管理会社から鍵を送ってもらうために、保証金として€1200の入金が最初に必要。」という返事が、これまた間髪入れずに返って来ます。

 

「やっぱりね~」と一挙に覚めてしまったプリンセス。「アパートを見て、そこが気に入って、そこに住むと決心する以前に、いかなる契約書やら申込書にサインや登録をする気はないし、前金や保証金を払う積りもありません」と宣言。そして一応「保証金なしにアパートを拝見する方法はないのですか?」と、ダメ押ししてみます。

勿論答えは「それが唯一の方法です」。

 

まさか「入居希望者全員から鍵の保証金1200ユーロを取り立ててから、アパートを見せる」だなんてアホな方法で真剣に入居人を探しているとは思えません。これはほぼ確実に犯罪でしょう。…Phew、引っ掛からずに済んで良かった…。

 

と思っていたのもつかの間。トラブルは連続でプリンセスを襲います。

 

実は、プリンセスの宿である長期滞在アパートでは、プリンセスが旅行から戻ると、日曜を除く毎日けたたましい改築工事が行われていました。物凄いドリル音! 酷いときには自室に穴を開ける作業のため、部屋を数時間空けねばならぬ羽目にも遭いました。

最初は「数日なら」と大目に見ていましたが、これからずっと続くようなことがあっては困ります。何度も工事は静かにして欲しいこと、ドリルは客である私が出るまで止めて欲しいと申し入れました。

一見腰が低く当たりの柔らかいオーナーは、その度に「なるべく静かにやる」と言うのですが、ドリル音は一向に止まらず。

 

そしてある日、またまた朝からすぐ隣の部屋でガガガガとドリリングが始まったので、作業を監督していたオーナーの母親に苦情を入れます。

いつものようにのらりくらりと対応するので、「これは耐えられない騒音です。今すぐドリルは止めて下さい。そして私はあと1週間しかここに滞在しないので、その間ドリルはしないと約束して下さい。」と詰め寄ります。

するとこの母親の返事は「客の予定が入っているから工事はやめられない」

そこでプリンセス「私も客です。客の居る間はドリルだけは止めて下さい」

ここで初めてオーナー母は「止めません」とキッパリ返答。そしてあろうことか、「気に入らないなら出て行けばいい。これから1週間分は返金してやる」と、付け加えました。荷物のある私にはそう簡単に他へは移れないだろう、というヒトの弱みに付け込んでの発言であることは間違いありません。

 

確かに「荷物」がプリンセスの大きな足枷になっていました。身一つでホテルでも予約してパッと宿を移す選択肢のない私には、そのまま騒音に耐えるしか方法がありませんでした。悔しいじゃあありませんか…。

けれど捨てる神あれば拾う神あり、で、日本に戻る丁度1週間前の日曜。有難いことにウィーン在住の知人が荷物を預かってくれることになりました。

 

そして荷物を移す火曜の朝、果たしていつものドリル作業が始まりました。

 

そこでプリンセス、日本に帰るまでの5日間の宿をネットにて速攻で確保。今すぐアパートを退出するから返金の用意をするよう、申し入れます。勿論彼女は「だったら今すぐ荷物を全て引き払ってくれ」と予想通りの対応。ふふふ、ではお望み通りに致しましょう。

 

ざまあみろ、クソババァ!!!

 …と、とっとと荷物を畳んでアパートを出る段取りだったのです。

 

ところがこの運送屋とまたひと悶着。料金は時間単位の契約で、1時間まで、1時間15分まで、2時間まで、という区切りになっていました。

ウィーン市街中の真昼の移動ですし、荷物は極端に少ないし、本来ドライバー一人でも1時間で十分の作業量&距離のはず。それをどういう訳か約束の時間から1時間以上遅れ、3人(全員おそらくトルコ人)で現れ、とろとろとろとろ作業をしています。しかもそのうちの一人はほとんどiPhoneにかかりっきり。

 

果たして車は1時間ちょっと過ぎたところで目的地に到着(客の同乗は拒みますから、どこかで時間を潰していても証拠がありません)。それなら、とこちらも1時間15分ちょっと前まで作業をさせ、精算をしてもらおうとすると;

運送屋「1時間を過ぎたので2時間分になります」

私「1時間15分で作業は終っているでしょ」

運送屋「3人で来ているし、もう1時間15分を過ぎている」

私「誰が3人来てくれ、って頼みましたか? しかも一人はほとんど働いていないでしょ。それに作業は1時間15分になる前に止めてもらっています。」

 

…そういうレベルの低い小競り合い、最後は怒鳴り合いが続きます。あー疲れた…。

 

そして、話は肝心のアパート探しに戻ります。

ようやくサイトと不動産屋を介し適当な物件を見つけ、契約を進めようとしたところ、通常敷金3か月+礼金2か月で済むはずの入居時一時金が、プリンセスの場合、1)外国人である→敷金は6か月 2)フリーなので通常契約に添付する給与証明がない→前家賃として1年分を支払う、という過酷な条件を突き付けられました…。

 

銀行の残高証明を給与証明の代用にする段取りを不動産屋と銀行の3者で行おうとし、誤解のないよう不動産屋の担当者を英語堪能のスタッフに代えて欲しい、と申し入れると、現担当者は怖いくらいに気色ばみ、交代を拒否。彼を介して進めていた、入りたかった物件の契約作業は、彼に握り潰されてしまった模様。

数日後に彼の上司に進捗状況を尋ねると「その物件は既に入居者が決まっています」と、冷たい返答が…。

 

…そしてとうとう時間切れ!!!

 

アパートの契約のできぬまま、プリンセスは日本に戻って来たのであります。

怒涛のような理不尽に晒され続けたストレスか、1週間で30度近くの気温変動の身体負荷か、強烈な腰痛が現れては消え、という不穏な体調に陥りながら、なんとか戻って参りました…。いや、参ったぁ…。

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宿無し???

空港のゲートで中途半端に時間が余ったので、こうして久々にブログを更新しています。

 

随分御無沙汰してしまいました。

…プリンセスどうしたのかしら? …と心配してくれた人、いたかなぁ??

 

いやぁ、アパート探しが難航していましてね。

では、今日はまずその経緯からご報告します。

 

プリンセス、お城を出たのが2月の末。この時点で本当は次の住処を決めておくべきだったのですが、何せ車の運転できないプリンセスには物件をあちこち見る足がなく、また3月の日本帰国時の仕事の仕込みの忙しかったこともあり、4月半ばにこちらに戻ってからウィーンでアパート物件を当たることにしました。

正規に不動産屋を通すと、2か月の礼金、3か月の敷金(退却時に戻る)というのが相場なので、知人を介してこれら一時金をチャラにしたり圧縮しよう、というやり方が結構一般的。また、こちらは古い建物が多いので、水道管やら建付けの不具合やら、住んでみなければわからないことも多く、その点知人を介せばそうした不具合についても信用のおける情報が得られる、という訳です。

 

勿論プリンセスもそれにトラーイ! 

ただしワイナリー以外殆ど知人のいないプリンセス。…物件探しは遅々として進まず。紆余曲折あったのですが…。結局わかったのは、家賃の相場はオープンな情報から探そうが、知人を介してオーナー直で探そうが、ほとんど変わりない…。いや、場合によっては競争原理が働くだけ、公開情報の方が適性価格である場合も多い、という事実。また、仲介業者を通せば、契約は一応双方の権利を等しく尊重するような契約を公的に結ぶことになりますが、オーナー直の契約、或いは知人を通した非公式な賃貸の場合、往々にして見解が食い違った場合には、実質的には社会的或いは金銭的に立場の強い方に有利となりがちです。…当然オーナー有利、ということです。確かにオーナーと直接交渉すれば2か月の仲介業者への礼金を省くことができる、というのは事実ですけれど。

 

2か月の礼金って貧乏プリンセスにとっては大きい。1回の日墺往復航空運賃くらい? …で、まあ、ワイナリー関連の知人に相談を持ち掛け、めでたくオーナー直取引の物件も見つかり、後は契約のみ、というところまでこぎつけました。

そこでオーナーから言われたのが「契約期間は3年」。

プリンセス:3年以内に出たい場合は?(何か月前に知らせればいいか、という質問をした積りだったのですが、プリンセスの意に反して)

オーナー:3年分の家賃を全部支払って出てもらいます。

プリンス:…

 

しがないフリーランスの、高齢の母親を東京に置いてふらふらしているプリンセスとしては、そんな条件を飲むのはあまりに危険! …ということで、今リフォーム最中の、ピカピカ新装でケッテンブリュッガーガッセ駅から徒歩3分、バス停もすぐ裏通りにある、という立地にもかかわらず閑静な、50平米ほどで月€500、という滅茶苦茶好条件の物件を泣く泣く諦めたのが丁度1週間前。

 

そこからプリンセス、日本帰国までに何が何でもアパートを確保しよう、と大車輪! …一応お城で2年暮らしていたので、本やら冬の衣類やら…スーツケースひとつの身の上とは行かず…その置き場所だって確保して帰らねばなりません。

 

プリンセス絶体絶命!!!

 

…事件はそんな中、あらゆる手をつくして物件探しをして回っている最中に起こります。

次回に続く

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どひゃあ、暑い!!!

プリンセス、夏は日本に帰りたくない、涼しいオーストリアにいたい…、と常々思っておりました。

ところがどっこい。先週末からの暑さはどうでしょう!!! 

特に昨日は今年最高気温だったとかで、ウィーンのそこここで公式34度以上。場所によっては38度に達していたようです。…つまり、アスファルトの路上は軽く40度を超していたということ。

 

「そんな日にどうして???」と思うのですが、昨日プリンセスは日の出ている間ほとんど外出。冷房の効いていない、つまり天然オーブン状態のシュトラーセンバーンやらバスやらに揺られては、ギンギン太陽の照りつけるウィーンの路上をテクテク歩いていました。

おかげでニアリー熱射病状態…。

こちらの建物にはクーラーというものがありませんから、家に戻ってできることと言えば、冷たいビールを飲むことくらい…。 そして夜になっても暑さは収まらず、夜中まで玄関の戸を開け放つ訳にもいかず…。ウンウン、と眠れぬ夜を過ごし… ようやく涼やかな風が入って来たと思った朝4時頃、既に夜は白々と明け、アパート前のシュトラーセンバーンは運転を始め、今度は騒音で寝られません…。

 

あーもうなんとかして!!

 

思い起こせば、昨年冬、気温がマイナス20度を記録した日も、ヒルシュやブリュンドゥルマイヤーを歩遥々歩いて訪ね、大風邪をひきましたっけ…。

 

大陸性気候の恐ろしさを身に染みて感じるプリンセスであります。 ふぅ…

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五嶋みどりの無伴奏パルティータ@エーバーザール

プリンセス、ようやくウィーン住まいっぽく : )クラシック・コンサートづいています。

土曜の快活なイタリアン・バロックのその前夜。こちらに戻って最初のコンサートが、日本人ヴァイオリニスト、五嶋みどりのものだった、というのは何かのご縁でしょうか。

 

魔訶不思議なコンサートでした。

 

そもそも、会場のEhrbar Saal…神童としてカーネギー・ホールでデビューを果たし、10代で世界中の著名ホールで名指揮者との共演を果たした五嶋みどりの箱としては小さ過ぎませんか? 地味過ぎませんか? 料金も立見でもないのに、たった€14…。

 

実際に会場に行ってみれば、我々の席は入口のすぐ上の階のはずなのですが、ホール階上には楽器練習スタジオやら集会場、ミーティング・ルームなどが色々入っており、どこがバルコニー席の入口なのかもハッキリしない迷宮。名の通ったホールには必ずあるはずの、軽食やゼクト、ワイン、コーヒーを飲むような場所も皆無。ひとしきり階段を上下し迷った挙句、果たしてバルコニー階に足を踏み入れると…。チケットの座席番号もなんのその。あわよくば自分より前の空席に座ってしまおうと、争奪戦が繰り広げられています。

 

…客層悪し…。

 

椅子取り合戦も落ち着き、改めてホールをよく観察すれば…。随分古いホールですが、さすがは第一次大戦前には名ホールで鳴らし、アントン・ルービシュタインの名演やら、193438年に行われた「現代の音楽コンサート」などでも名を残す、かつての最先端音楽ムーヴメントの拠点らしい味わい深い意匠と、年月の積み重ねが醸し出す重厚な雰囲気ではあります。

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シュピッツァーベアク・テイスティング その1

最近何かと話題のオーストリアの赤。新樽風味と厚いタンニンがガビガビの強く逞しいタイプとは全く別方向にある、ピノ好き日本人の嗜好にズバリと嵌るスタイル。

そんな動きの最先端を担う生産者の一人、ムア・ファン・デア・ニーポートの“シュピッツァーベアク テイスティング”が、13日の月曜、ドナウ運河に浮かぶお船のレストラン、Badeschiff am Donaukanalで行われました。

 

本題に入る前にこのレストランについて少しお話ししておくと、オーナーシェフはオーストリアのスター・シェフの一人、クリスティアン・ペッツ。この国を代表する所謂グランメゾンを渡り歩いたその後は、ぐっとカジュアルなこのお船のレストランをプロデュース。随所に彼の最高レベルの調理テクニックとセンスを光らせつつも、オーダーしてからのお待たせ時間23分、ひと皿€69で上がるそのお手軽さがウィーン子に受け、待ち合わせに、ビジネスランチに、こうしたイベントに…、ワインも充実しているので、その気になればリーズナブルでレベルの高いディナーに、と、なにかと重宝に使われている人気スポットです。

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怒れ日本人!!! その1 注文していないワインを勝手に持って来られたら? 

ヴァッハウではヴァイン・フリューリンク(ワイン・スプリング)、ドナウ一帯ではトゥール・ドゥ・ヴァンが開催された週末前夜金曜の夜――つまり丁度一週間前――プリンセスはイタリア旅行の帰り途にウィーンに寄られたE夫妻とお食事をすることになっていました。

前回、あれは2年前。ウィーンでご夫妻と待ち合わせた際には、まだこちらへ来て日が浅かったこともあり、プリンセスはディナーの手配をする余裕すらなく、ウロウロした挙句ロクなものにありつけなかった苦い経験があるので、今回はしっかりと評判のレストランに予約を入れておきました。しかも、毎年のようにウィーンにお見えになるご夫妻が、お二人だけではなかなか行かれそうにないところ、…ということで、微妙に中心部を少しだけ外したドナウ運河を渡った向う側の2区、という技の細かさで万全の構え。

 

レストランはあまり色気のない街並みにひっそりと地味に佇んでいました。

――プリンセス、仰々しいのは好みではなく、この知る人ぞ知るという雰囲気は〇。

しかも、ドアを開け、中に通されると、いくつもの空間が繋がっていてかなり広い。それがまた、ほぼ満席に――ヂモティーらしきファミリーやらスマートカジュアルがお洒落に板についた知的自由業的雰囲気の人々等々――で埋まっています。

…おお、いかにも「美味しいモノを食べに来る店」という風情! 期待が膨らみます。

 

さて、最初に食前酒を尋ねられます。こちらのレストランではグラスワインは断りがなければボトル1/4が普通なので、お店のペースで食前酒、泡、白、赤、デザート、〆に食後酒と、一皿一皿ワインを合わせていると、3人で3本以上飲むような恰好となり、ベロベロになるのは目に見えています。そこで、夫妻にグラスで楽しむか、リストから現地でしか飲めないようなワインを12本オーダーしたいか、決断を促します。

 

迷っていると女性のサービススタッフはゲルバー・ムスカテラーを勧めてきます。しかし、ご夫妻の決断は後者に。そこでお店のお勧めを断り「ボトルでオーダーしたいから」、とワインリストを所望します。

 

戦いはここからはじまりました。

 

彼女、いつまで経ってもリストを持って来ません。

まあ、でもそういうことはよくあること。その間初老のメートルが食事のオーナーを取り、アミューズが来てもリストが来ないので、彼女に再度リストを催促。それでも来ないので、メートルにも更に催促。そしてようやくワインリストが渡されます。

おお、さすがウィーンのトップレストランのひとつ。ワインは充実しています。特にF.X. Pichlerがズラリ。必ずしもプリンセスいちのお気に入りという訳ではありませんが、オーストリアワイン好きなら涎の出るような…19992001の銘醸畑ものが€100前後。

勿論、買いでしょう。

ニタニタしながらリストを物色していると、今度はやけに早いタイミングで年の頃プリンセスとあまり変わらなそうなソムリエが現れ、ヘンテコな英語で「長いワインリストを読むのは、大変だよねぇ」と妙に馴れ馴れしく声をかけてきます。

「あー、放っといて! プリンセスにとってはリストからお宝を探すのは、お料理とワインを実際に楽しむのと同じくらい至福の時間なんだから。シッシッ!」…という言葉を飲み込み、ただ「いいえ。楽しんでいますから」とだけ返し、リストを読み続けます。すると「ワインなしにワインを選ぶのは難しいでしょ」と、ヤメックの11のリースリング フェーダーシュピールを注いでくれました。キリリと冷え白い花の風味も非常に爽快。うん、美味しい!

 

さて。喉も潤ったし、再びリストに没頭…はさせてくれませんでした。

ソムリエ氏:グリューナー それともリースリング? 或いはウィーン特産のゲミシュター・サッツ?

P:グリューナーでお願いします。

本来プリンセスはリースリング魔ですが、どうもこの店のリストにはあまりリースリングへの愛情を感じなかったからです。

S:それじゃあ、ここウィーンのサプライズなグリューナーを。

…と、ここでプリンセス、彼にはワイン選びを任さない方が賢明と判断。元々この店のリストがプリンセスの好み筋とは若干ズレていることは、既に予約時にネットで確認済みだったからです。

そして、選んだのは充実のF.X. PichlerからGV Kellerberg2001

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デメターはホイリゲを認めないんですって!!

日本人は初物や走りが大好き。ワインの世界でもかつてはボジョレー・ヌーヴォー(今も自然派モノは人気?)、そして最近はホイリゲの知名度も上がって来ました。

 

さて、プリンセスお気に入りのウィーンのワイナリー、ハイシャン=ノイマンのシュテファン・ハイシャンにちょっと用事があって電話をし、彼のワイナリーではホイリゲを造っているのか聞いてみました。

 

答えは”No”

 

Princess: でも日本人って新しいものが大好きなのよ。

Stefan: ああ、それはオーストリア人も同じ。ガハハハハ

P: うん、それで、日本市場ではホイリゲが人気なの。あなたのワイナリーは、ホイリゲっていうか、畑の中にブッシェンシャンクも、ワイナリー併設のレストランもあるから、自家用は造るんでしょう?

S: いや、デメターだからホイリゲは造れないんだ

P: え? そんなぁ…だってヴィーニンガーは造って(と言いかけて、プリンセス。同じビオディナミはビオディナミでも、ヴィーニンガーはデメター認証を受けておらず、RESPECT加盟だったことを思い出します)…。そうかぁ…デメターだと新酒が造れないとは知らなかった。でも何故?

S: 早くワインにするためには清澄剤やら酵母やら使わなくちゃならないからね。デメターはそれを禁止しているだろう。

P: なるほど。そういうところがデメターとリスペクトは違う訳ね。

S: そうなんだ。デメターはセラーワークに色々細かい規定が多いんだよ。

 

ふうん、と、プリンセス。その場では他にも用件があり「造れないものは造れないはねぇ」とすんなり納得してしまいました。

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ここはウィーンの新大久保???

ああ、日本を発って今日で丁度一週間目。早いです。超特急です。

音楽の都ウィーンで、プリンセスがどれくらい華々しい生活を始めたか、首を長くして報告を待っていた読者の皆さん、お待たせしました!

 

ところで、プリンセスには「知らない土地に来たら、とにかく歩き回る」というほとんどオブセッションに近い行動習慣があり、着いた翌日から疲れも知らずウロウロご近所を歩き回っていました。

 

さて、ただ歩き回る、と言っても一応毎日目的があります。

 

まず、アパートのあるノイレアヒェンフェルダー通りを西へ行くと、ビールで有名なオッタクリングという町に出ます。さらに西はもう丘陵地帯。もしかしてブドウ畑が徒歩圏にあるのではないか、という期待がありました。

一方この通りを逆に東方向、つまりウィーンの中央部に向かって78分歩くと地下鉄U6のヨーゼフシュテッター駅に出ます。駅を超してさらに東進すれば、ウィーンで最もトレンディーな8区。これからお洒落なワインバーなども探したいなぁ、などとも思っていました。

 

とにかくまずご近所、西側の写真からご覧いただきましょう。

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例によって谷あり、谷あり : ) …始動しました!

プリンセス、昨晩再びオーストリアに戻って参りました。

戻りはまだ2度目の新装ウィーン空港は「戻って来た感」が薄いですが、戸外へ出てみれば、いつもの光景。寒いのではないか、という予想に完璧に反し、むしろ東京より蒸し暑いくらいのお天気です。お城に住んでいた頃は空港に着いてから電車、地下鉄、電車、電車と2時間以上の乗り継ぎ。その度にガラガラと重いスーツケースを引きながらの上がったり下がったり。しかも疲れが極限に来る終盤になって、エレベーターもエスカレーターもない魔の階段あり…腰が抜けそうな思いをしながら、泣きそうになりながら、最後のハードルを乗り越えて辿り着いたものです。

しかーし!

今回からは華のウィーン住まい。空港からWest Bahnhofまでバス。そこでタクシーを拾っても€15くらいの距離。何より電車と違い全て路面上の同一レベルで上がり下がりのないのが嬉しい!

 

目論見通り西駅でタクシーを拾ったプリンセス。ウンちゃんはあまり感じの良さそうな男ではなかったけれど、ストリート名も番地も明確。Google Mapで位置も一応確認していたので、余裕のよっちゃんで車に乗りました。

さあ、目的のストリートに入ると、ウンちゃんが「もっと先」…みたいなことを呟きます。この人、プリンセスとタメ張るくらい下手糞なドイツ語! 緩い坂を上り、広場のようなところを過ぎると、もう一度「もっと先?」と、今度は明らかに私に聞いて来ます。

えー、ちょっと勘弁! ちゃんと番地まで言ったじゃないの。「68番地だから。そこへお願い」とプリンセス。するとウンちゃん、乱暴に車を止め、その場で強引なUターン。98、97, 85, 72…と番地を下がりつつ坂を下って行きます。…と、ところが…70で番地が止まり、69も68も表示が見つかりません。

 

ウンちゃん:ここだ

P:68って書いてないけど(と、ドアを開け外に出て周囲を観察。サイトにあったような建物も見つけられない)…

ウンちゃん:(坂の上から下を指して…順番に下がって来ただろう、というジェスチャー)

P:わかってるけど、荷物も重いのでちゃんと建物の入口の前に止めて。

ウンちゃん:×△Г◎×!!!(と、派手に両手を上げで意味不明語でいきなり怒鳴り出す

疲れていたのでプリンセス、さっさと諍いは諦め、極少のチップで(以前に同じような事態@アムステルダムでチップを拒否したら荷物を放り投げられた経験があるので)車を降りました。

 

70、69…、そして68であるべき建物は改装工事中。その周囲をウロウロしてみますが、それらしき建物はない…。重いスーツケースを引きずってワンブロックをぐるりと回るも…うーん、要領を得ません。しかも小雨まで降ってきました…。途方に暮れていると、いかにも人の善さそうな同年輩の男性が笑顔でプリンセスに寄って来て「アパートのフラウ・・・」と呼び止めるではありませんか!

 

救われた! 神様ありがとう! …と、プリンセスは思いました。

しかし、受難はまだまだ続きます…

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忘れていません! ハイサン=ノイマン セラー&テイスティング編

畑からワイナリーに向かうと、ベートーヴェンハウスで名高いマイヤー・アム=プァールプラッツのある広場が現れ、その先の突き当りにハイサン=ノイマンはありました。

なぁんだ、目と鼻の先ではないですか!
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ハイサン訪問記 その2 明かされる、ヌースベアクの秘密

おー寒!!! 8時半過ぎてもマイナス6度です…。

さて、ハイサン=ノイマン訪問の顛末でした。

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プリンセスいち押しゲミシュター・サッツ ハイサン・ノイマン その1

プリンセス、昨年末から年初にかけて、せっせとワイナリーを回っています。

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プリンセス、七転八倒も音楽の都を満喫 後編

24日の夕方には軒並み閉まりまくるヴァイーナハツ・マークト(=クリスマス・マーケット)。イヴでお仕舞のところもあれば、25,26日には再び開いているところもあります。

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プリンセス、クリスマスの晩に”音楽の都”を満喫 前篇

プリンセスのブログを読んで下さっているウィーン在住の方やウィーン通の方々は、「1区に行けばいくらだって開いてる店もあるし、人も沢山出て賑わっているのに」と思っていらっしゃるでしょう。

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冷涼ワインと極北ワイン―自信を持って後ろを向こう!

「有料アップグレードせねばブログに写真がアップできない!」と激怒していたプリンセス。
facebookつながりのH氏が教えてくれたリンクから、一定サイズ以下の写真はピカサへのアップロードとしてカウントされないことを知りました。であれば、H氏のアドバイスに従い、オーバー分だけ既アップ写真のサイズを削って再アップし直し、今後はカウントされないサイズで写真をアップし続ければいい訳です。

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ウィーン飲み食い事情 その3 グリューナウアー

え? まだ行ったことないの? と、何度かワイン関係者に驚かれた店。

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ウィーン飲み食い事情 その2 ビオ・レストラン”ティアン”

先週G夫妻と一緒に回ったレストランの中で、一番目新しい発見がこのTianティアン。今美味しいもの好き、ビオ好きでトレンドも意識している…といった層のウィーンっ子の間で人気のビオ・レストランです。

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ウィーン飲み食い事情 その1 モアケラー

水曜から土曜のお昼まで古い友人ソムリエG氏夫妻をウィーンに迎え、カンプタールとヴァッハウでいくつかのワイナリーにご案内しました。という訳で、ウィーン市内の一人ではあまり寄る気のしないレストランで食事をする機会を得ましたので、数回に分けて飲み食いとワイナリー訪問の様子をご報告します。

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”病的注意散漫”大炸裂…連続技を笑ってやって下さい(涙)

7日の金曜の夜、テアター・アン・デア・ウィーンで行われるモンテヴェルディのオペラ”ウリッセの帰還”を観るために都へ上りました。

実はこのチケット、散々ケチのつき通し。まず、チケットを買ったお城ワイナリー当主夫妻の都合がつかないため、私が2枚のチケットを譲り受けましたが、同行者がなかなか見つかりません。ようやくドイツでリートを勉強したウィーン在住の友人が付き合ってくれることになったものの、これも1週間ほど前、急用が入った、ということでキャンセル。その後も何人かに声を掛けたのですが、結局最後まで見つからず、一人で行くことに。こういうとき、海外にぽっと一人でやってきて、仲の良い友人もまだ数少ない寂しさを感じます。

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スマラクト25年:2010~1986年

6月2日、VieVinumの一環として、宮殿の端、Kleiner Redoutensaalで行われた 25 Jare Smaragdのテイスティング・セミナーを改めてご報告します。

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世界一大人なワインショー VieVinum

VieVinumも一昨日で終了し、昨日お城に戻りました。
沢山の日本人業界関係者も招かれ、沢山の内外の知人或いは今まで知らなかったワイナリーとも言葉を交わした数日。

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やっぱりゲミシュター・サッツは軽やかでなくっちゃ!

久々に都ウィーンに上って参りました。

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リーデル? ロブマイヤー? それともツァルトー?

プリンセスにとっては悲しいことに、オーストリアはワインよりワイングラスの方が有名です。
その筆頭が、あのリーデル。ワイングラスとしては世界一名の知れた存在、と言ってもいいでしょう。

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本当のお宝は内緒 : )

土曜日、またまたWeinviertelヴァインフィアテルに行って来ました。

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号外! シュロス・ゴベルスブルクがウィーンフィルのバルで供されます!

ウィーン社交界の冬の風物詩と言えば舞踏会。
週末の大衆紙クーリエに、1月19日開催予定のウィーンフィルのバルの様子が、そこで飲まれるワインとともに紹介されました。ドンペリやローランペリエのグラン・シエクルとともに供されるワインに、お城ワイナリーが選ばれました!

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ミサ初体験

ちょっと時間が前後しますが、25日、クリスマスの夜中0時から行なわれたLaimgrubenkirchのミサに参加してきました。

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イエス様からの賜り物はケバブ?

昨晩は夜中の0時から教会で行なわれるクリスマス・ミサとコンサートに参加しました。絢爛豪華なカトリック教会のしつらえと音楽に浸るのが目的。素晴らしいオルガンがあると調べをつけた、St. ヨーゼフ オプ デア ライムグルーベ教会まで、例によってシティーバイク・ウィーンを使ってGo!

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メリー クリスマス!!

皆さん、どんなクリスマスイヴをお過ごしでしょうか?
プリンセスにとっては初めての、そして一人で過ごすウィーンでのクリスマス。

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一人旅にお勧め“シティバイク・ウィーン”

ウィーンを観て歩くのに皆さんどんな交通機関を利用されますか?

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プリンセス、都に上る

97日(水) 

昨日は朝9時過ぎの電車に乗って、都ウィーンへ。

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